見出し画像

エメラルドは、ほめられなければ輝きを失うか?|齋藤孝『図解 自省録』より

第16代ローマ皇帝マルクス・アウレリウス(西暦121~180年)は、5賢帝のひとりであり、プラトンのいう理想の国家君主「哲人王」にもたとえられる人物。彼は、日々の思索と内省をメモのような散文として書き残しました。のちに『自省録』としてまとめられたストア哲学の薫り高い約500の断章から80篇を選び、齋藤孝先生がわかりやすく解説した新刊図解 自省録(2023年12月26日発売、ウェッジ刊)より、その一部を転載します。

図解 自省録』齋藤孝 著(ウェッジ)
2022年12月26日発売

美しいものは、すべてそれ自身で美しく、賞讃を自分の一部とは考えない。
人間はほめられても、それによって悪くもよくもならない。
エメラルドは、ほめられなければ輝きを失うか。
(4-20)

つまらぬ名誉欲が、君の心を悩ますというのか。
あらゆるものが、どれほどすみやかに忘れ去られるかを見よ。
地球全体は一点にすぎず、我々の住む所はその地球のほんの小さな片隅だ。
そこでどれだけの数の、どのような人間が、将来君をほめ称えるというのであろうか。
(4-3)

*上記の引用文は、神谷美恵子訳『自省録』(岩波文庫・2022年)、鈴木照雄訳『自省録』(講談社学術文庫・2022年)を参考にしています。引用文の末尾にある番号は、『自省録』の巻と断章を表しています。

人からほめられなくても
人間の価値は変わらない


「エメラルドは、ほめられなければ輝きを失うか」──カッコいい言葉ですね。美しいものは、それだけで十分なのだ。それ以上何が必要だろう、ほめられることすら必要ない。

ダイヤモンドでも花でも、美しいものはほめられないと、その輝きがなくなる、なんてことはありえませんね。人間も同じです。ほめられたからといって、よくも悪くもなりはしません。

作家の志賀直哉に『清兵衛と瓢箪ひょうたん』という短編があります。瓢箪といえば、ちょっと高齢者の趣味みたいですが、主人公の清兵衛は、少年なのに瓢箪が好きで、小遣いでいろいろ集めては、ピカピカに磨き上げています。

でも親や先生はそれをよく思わず、誰も評価してくれません。ところが、清兵衛は実はたいへんな目利きで、彼の瓢箪は、骨董屋が高値で買うほどのものだったのです。

この話のように、とても好きなものがあって、それに入れ込むことには、案外強いものがあります。好きという心持ちそのものが、エメラルドなのかもしれません。人からほめられなくても、それで清兵衛の真価が、変わるわけではないでしょう。

私たちも、エメラルドのようなものを、自分の中に持っていたいものですね。

イラスト=駿高泰子

人の称賛は、すぐに忘れられる
名誉に心をわずらわせることはない


いまの時代、人からの称賛がどうしても欲しい、という人が多いような気がします。ほめられると、当然嬉しい。けれども、ほめてほしいと思う人が、これほど増えたのは、もしかするとSNSが発達してきて、すぐに「いいね」が返ってくるからかもしれません。

私自身の経験でも、「いいね」ばかりを期待しないで、自分が表現する行為そのものを、大切にするほうが、かえって心が満たされるのでは、と思うのです。

名誉にしても、当然、他人あってのもので、ほかの人が素晴らしいと思い、ほめてくれることが名誉となる。それは人とのよい関係をもたらしてくれるので、名誉を欲しがって心を悩ませることも生じてきます。

ところがマルクスは、「人びとはすぐ忘れてしまう。喝采の響きはむなしい」と語ります。そして「我々の前には、過去にも未来にも伸びる無限の時間が、深い淵となって横たわっている。我々の住む地球も、宇宙のただの一点にすぎない。その一点の、さらに小さな片隅で、どんな人間が、君をほめたたえるというのか」と、続けています。

こうした永遠の時間の中では、ほんの一瞬間にすぎない私たちの人生です。名誉欲、他人の評価などにとらわれて自分を悩ませるよりも、自分を広い宇宙に放り出してみる。そして狭くて小さな周囲の評価によって、自分が左右されないようにするのがよいのです。

もちろんほめられるのは、悪いことではないでしょうが、「特にほめられる必要もない」と思うほうが、心をわずらわされない、伸び伸びとした生き方かもしれませんね。

齋藤孝先生の新刊『図解 自省録』では、原文の現代語訳を抜粋して掲げたうえで、その内容を図解とともにわかりやすく解説しています。この機会に、時代を超えて読み継がれてきた『自省録』の考え方を吸収してみてはいかがでしょうか?

▼本書のお求めはこちらから

齋藤 孝(さいとう・たかし)
明治大学文学部教授。1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て現職。専門は、教育学、身体論、コミュニケーション論。『書ける人だけが手にするもの』(SB新書)、『声に出して読みたい日本語 音読テキスト③ 歎異抄』(草思社)、『図解 歎異抄 たよる、まかせる、おもいきる』(ウェッジ)など著書多数。

◉齋藤孝先生の大好評「図解シリーズ」

◉こちらもおすすめ

この記事が参加している募集

推薦図書

世界史がすき

よろしければサポートをお願いします。今後のコンテンツ作りに使わせていただきます。