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「冷蔵庫が壊れたんだ」〈後編〉

 ↑〈前編〉からの続きです。

 同僚に頼んで、早速2人体制でQさんのお宅を訪問しました。

 1人で訪問に行くこともありますが、初めて行くお宅には、可能な限り2人体制で行くようにしています。


 Qさんのお宅へ行ってみると、庭の草はぼうぼう。

 郵便受けの中はチラシやお手紙でいっぱい。

 インターフォンを鳴らすと、昨日と上下同じ洋服を着たQさんが玄関に出てきてくれました。

 Qさんは「本当に来た!」と嬉しそうに出迎えてくれました。

 まず郵便受けのことを聞くと、Qさんは「どうせチラシばかりくるから放っておいてる。どうせ誰からも俺宛の手紙なんてこないし」との返事。

 家の中には飲みかけのペットボトル、空き瓶、空き缶があちこちに置かれており、Qさんは「気が向いたら洗って捨ててるよ。分別が面倒くさいから」と言っていました。

 普段はコンビニでパンやお弁当を買って食べており、全く調理をしないので、ほとんど生ゴミは出ませんが、時々生ゴミが出ると「虫がわくと嫌だから」ときちんと捨てている様子。

 家の中は蒸し暑く、確かにエアコンもテレビもつきません。

 冷蔵庫の中のものは全てQさんが処分済み。

 冷蔵庫は空っぽで、確かに全く冷えていませんでした。

 「お母様がご存命の時はどの家電も問題なく使えていたんですか?」と聞くと、Qさんは「そう。昔は良かった」との返事。

 「良かったら、郵便受けの中身を仕分けするお手伝いをしましょうか? もしかしたら大事なお手紙も入っているかもしれないので…。一緒に確認してみていいですか?」と提案すると、Qさんは「いいよ」と乗り気。

 早速一緒に確認してみると…。

 チラシとチラシの間から出るわ出るわ、請求書の山。

 〈前編〉を読んだ時点でピンときた方もいると思いますが、このQさんは、

 電気代を払っていなかったのです。


 電力会社からの「滞納のため電気を止めます」という通知が、大量のチラシに埋もれていました。

 督促状を見たQさんは「え? 滞納? どうして? 払えって言われたこともないよ」と驚いていました。

 実は、もともとは様々な支払いのほとんどが、亡くなったお母様の口座からの引き落としになっていたそうです。

 お母様が亡くなったと同時にその口座が凍結され、引き落としが出来なくなりました。

 本来であれば、Qさんが引き落とし口座を自分の口座に変更しなければいけません。

 後日、Qさんのお母様の義理の妹にあたる方と連絡を取ることが出来てお話を聞いたところ、Qさんのお母様が亡くなった時、葬儀会社の方や親戚の方が今後Qさんのやるべきことを色々アドバイスしてくださったらしいのですが…。

 Qさんは「面倒くさい」と後回しにしているうちに、すっかり手続きを忘れてしまったのだそうです。

 ちなみに、オール電化の家なのでガス代の請求はありませんでしたが、水道代の請求書は沢山きており、水道も止められる寸前でした。

 Qさんは「誰も〝払え〟って言いにこなかったけど? 自治会長は〝自治会費を払って〟って家まで集金に来たけども」とビックリ。

 Qさんは知的障害や精神障害の認定を受けてはいないのですが、理解力が低く、若い頃に一度就職したけれどもついていけず退職。

 その後、お母様に隠されるようにしてほぼ引きこもり生活を続けていたそうです。

 そのため、今後やるべき手続きについて教えてくれる友達もおらず、また、親族も関わりたがらず(ちなみにお母様の葬儀の喪主は親族が務めたそう。葬儀代やお母様の入院費の支払いは親族が行ったとのこと)、今回のように電気を止められるに至ったようです。

 なお、Qさんの家は持ち家ですが、家の名義はお母様の名前のまま。

 お母様宛の固定資産税の督促状も郵便受けの中に入っていました。

 幸い、本人が「冷蔵庫が壊れた」と思ってペットボトルの飲み物や缶詰をある程度買い揃えており食料は確保出来ていたので、まずすべきことの優先順位No. 1は電気を復旧させることです。

 Qさんが「俺はいつもコンビニのATMで俺の口座(ここにQさん自身の年金が入ります)からお金を引き出している」とおっしゃったので、その時の明細を見せていただいて預金残高を確認すると、幸い電気代を払っても数万円が残るくらいの残高はありました。

 すぐに電力会社に連絡して電気代の集金に来てもらい、ひとまずその日のうちに電気は復旧!!

 Qさんは「冷蔵庫が動いた! 壊れてなかった!」と大喜び。

 エアコンもテレビもつきました。

 しかし、電話代は滞納中なので電話は使えないまま。

 もし滞納している様々な支払いを一気に支払ってしまうと、当面の生活が立ち行かなくなってしまいます。

 この時点での電話復旧は諦めました。

 「何か大事そうなお手紙が届いたらわたしに教えてください。また一週間後に来ます。それと、今日教えていただいたことを民生委員さんにお伝えてしても良いですか? 今後、民生委員さんと一緒にQさんを見守りたいので」と伝えました。

 Qさんは「どうぞどうぞ。お客が増えるなら歓迎」と言いつつ、エアコンの冷風に夢中。

 民生委員さんにQさんのことを報告すると、「パッと見た感じは普通の人に見えるし、日常会話は出来るのに、こんなにグレーゾーンな人だったのか…」と驚いていました。

 その後、わたしや民生委員さんが時々訪問してQさんに声をかけています。

 また、後日連絡がとれた親族の方にお願いして、もしお盆や年末年始等のタイミングでQさんの家の近くに立ち寄られる機会があればQさんに一言声をかけていただけないかお願いしました。

 なお、わたしがQさんに「大事そうなお手紙が届いたら教えてください」というお願いの仕方をしたのは大失敗でした。

 Qさんは「〝大事そうな〟手紙って何?」と混乱してしまったのです。

 申し訳ないことをしました…。

 具体的に言わないといけませんでした。

 そこで、「〇〇電力会社や〇〇市役所からお知らせはきていますか?」といった風に具体的な名前を出して聞いてみると、「それならきたよ」と教えてくださいました。

 Qさんは堅苦しい文章を読むと思考がフリーズしてしまうので、お知らせの内容を分かりやすく言い換えて説明する必要があります。

 確かに色んな書類って難しい言葉で書いてありますものね…。

 そんなこんなで何回か訪問を繰り返しながら、「いつ・どこに・いくら支払うか?」という計画をQさんと一緒に立てていきました。

 いつもQさんはコンビニに行く習慣があるので、水道代はコンビニで払ってもらうよう提案したら、すぐに行ってくれました。

 Qさんの口座から引き落とせるようにしても良いのですが、レジで公共料金を支払うのはQさんにとって達成感のあることらしいので、それはそのまま。

 また、Qさんは郵便受けにたくさんチラシが入っているのを見ると「捨てるのが面倒だ」とうんざりして、中身をチェックする気が無くなるらしいので、まずは郵便受けに「ダイレクトメールお断り」のシールを貼ってみることを提案すると、「是非貼って欲しい」と言われました。

 郵便受けに「ダイレクトメールお断り」のシールを貼ってもチラシを入れてくる業者はいますが、全体的な量はだいぶ減ったので、Qさんは喜んでいます。



 …こうして振り返ってみると、このQさんはかなりラッキーなケースです。

 後日お話をうかがえた近所の方によると、もともとこのQさんは人付き合いが苦手で、近所の方から挨拶しても無反応のまま立ち去るタイプの方だったそう。

 「エアコンが壊れた」等と勘違いしてパチンコ屋に向かう途中でばったりわたしと会ったこと、たまたまQさんの服がヨレヨレで髪も髭も伸び放題だったことからわたしが声をかけたことや、Qさんがお母様の他界によって長い間話し相手がいなかった反動で初対面のわたしに色々話してくれたこと等、様々な偶然が重なったことが良い方向に繋がったのだと思います。

 ちなみに、髪が伸びていた理由も後から判明しました。

 それは、これまでお母様が自宅でQさんの髪を切ってくれていたから。

 Qさんはお母様の他界によって「髪を切ってくれる人が居なくなった」と思い込んで、髪をほったらかしにしていたそうです。

 切ない…。

 また、髭が伸びていたことや、服がヨレヨレだったことや、同じコーディネートの服を着続けることは、「剃るのが面倒くさい」「着替えるのが面倒くさい」「洗うのが面倒くさい(天気が止まっていて洗濯機も使えなかったのも一因)」からだったそう。

 しかし、話し相手が増えてくると(庭の草はボランティアの方にお願いして刈っていただいたので、Qさんとボランティアさんの交流もありました)、徐々に自分でも身だしなみが気になり始めて、思い切って理容室に行ったらしく、ある日わたしが訪問したらQさんが身綺麗になっていました!

 「きれいなジャイアン」かと思いました。

 きれいなQさん…。

 早速わたしや他の職員でQさんを「いい男だ」と褒め称えたところ、Qさんはすっかりご機嫌になり、それからは定期的に理容室へ行くようになりました。

 また、身綺麗になったことで、これまでQさんを不審者扱いしていた近所の方が「どうしたの?」と興味津々で寄ってくるようになり、なんと近所の方との交流が生まれました。

 ミラクル!

 …現在もこのQさんはなんやかんやと課題が山積み。

 特に相続関係の課題や、また、病院受診をとにかく嫌がるので(病院にトラウマがあるらしいです)、介護保険や障害認定等の申請は出来ていません。

 かといって、成年後見人の申立をしないと自立した生活が出来ないのか?というと微妙な感じです。

 成年後見人がいなくても、誰かが声をかければ家で暮らせる方ではあります。

 「今日はゴミ出しのルールを簡単に書いたポスターを持って来ました。どこかに貼っていいですか?」と、本人に出来る小さなゴールを設定して達成感を味わってもらいつつ、まるで日めくりカレンダーをめくるように、一つずつクリアしていくしかありません。

 近いうちにわたしと行政の保健師さんとでQさんのお宅を訪問予定なので、その際保健師さんに血圧測定等を通してさりげなく心身の状態を確認していただく予定です。

 …ちなみにこのQさんは現在も電話は繋がらないままです。

 「電話が無くても困らないことに気づいたから要らないや」とのこと。

 固定電話も無く、携帯電話も無く、パソコンも無い生活。

 ある意味今流行りの?デジタルデトックス生活を更新中です。

⭐️Qさんの情報(後編の時点)
    性別:男性
    年齢:60代後半
  家族構成:一人暮らし
       父親は数十年前に他界
       母親は4か月前に他界
       一人っ子
   生活歴:数十年ほぼ引きこもり
       母親に依存してきた
    職歴:一度あるがついていけず
    収入:国民年金(母がかけてくれた)
    支出:食費、水光熱費、固定資産税等
    趣味:パチンコ
       コンビニ通い
  困りごと:複雑な手続きが分からない
       すぐ面倒くさくなる
 出来ること:初対面の人と喋れる
       日常会話は出来る
       買い物は出来る
       ゴミ出しは出来る
       教えてもらえば支払いが出来る
 苦手なこと:掃除
       複雑なこと
       曖昧なこと
  交友関係:話し相手が出来た
       地域住民と少しずつ交流
       親族がたまに訪問する
   健康面:足腰はしっかりしている
       数十年ほぼ病院受診歴無し
  介護保険:未申請

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