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余白を残し、余韻が染みわたる映画「ハナレイ・ベイ」

※アイキャッチ画像はオアフ島のハナウマ・ベイです。

11月の自分は異常だった。
「余裕がなかった」という言葉では片付けるのは罪深いほどに、こなすべきタスクが溢れてしまった。優先順位をつける余裕もなく、結果的にあらゆる物事が半端に終始してしまった。
そのくせ予定を詰め込んでしまう悪癖が顔を覗かせ、育児に奔走する妻にも影響を及ぼすほどに、周囲にしわ寄せがいくような悪循環。12月は体制を立て直さねばと心に強く誓っています。

僕は走りながら考える系の動き方が苦手で、ちょいちょいサボれる余地を残しながらでないと落ち着いて考えることができなくなってしまう。
だからこそ僕が辛かったのは、日常生活で余白が全くなかったことだったと自己分析している。あまりに対処療法的なことばかりをコソコソとこなしているうちに、何事においても赤点もしくはギリギリ赤点超えというような結果を招いてしまった気がする。
「スピードが大事」である昨今、100点満点を狙う必要はないけれど、60〜70点くらいを出せるクオリティは担保していかないと話になりませんよね。反省しきりです。

ディープな土地「黄金町(横浜)」で村上春樹原作の映画を観ることに

さて本題。そして今週末から12月に突入。
日々の慌ただしさに疲弊した僕を見兼ねた妻が気を遣ってくれ、映画「ハナレイ・ベイ」を観に行くことができた。

「ハナレイ・ベイ」は、村上春樹さんが2005年に発表した短編集『東京奇譚集』の中の同名タイトルが原作になっている。
原作を読んだ人は分かると思うが、『ハナレイ・ベイ』はかなりシンプルな作品だ。もともと短編ということもあるが、息子を失くした主人公・サチのことでさえ、必要最低限のことしか描かれていない。(これは著者をディスっているわけではなく、そういうトーンで描かれた作品ということだと僕は解釈しています)
物語にとって重要な変化であるはずの10年前 / 10年後のサチの心境変化も、読者の解釈に委ねられていると思う。サチは結局幸せを得たのかそうでないのか、掴みどころのないサチに関して思いを巡らせながらという作品なわけです。(同じ短編集『女のいない男たち』の『木野』も同じような感覚を抱きます)

ちなみにハナレイ・ベイはハワイのカウアイ島に実在する場所。公式ウェブサイトによると、ロケも現地と同じ場所でやっているようだ。

京急沿線沿いの黄金町はなかなかディープな町で、駅から徒歩数分の映画館「シネマ・ジャック&ベティ」に行く途中も数軒のソープ店が軒を連ねている。心なしか灯りも薄く、人通りもまばら。1952年に設立された老舗映画館であるシネマ・ジャック&ベティはお世辞にも清潔とは言えなくて、実際に100人をようやく超える座席数の中で、客数は20人ほどだった。
無理やり言語化を試みるならば、スペースがたくさんあった。詰め込みすぎて苦しんだ11月を抜けて、スペースの中に身を投じる心地よさ、懐かしさは、今の僕にはとても有難いものだった。

「ボヘミアン・ラプソディ」とは一線を画する、日本映画らしいファジーな余韻

息子を失った女性が生と死、そしてなにより自分自身と深く向きあいながら一歩踏み出すこの物語に流れるテーマは、今の時代に必要なものだと小川は語る。「3.11は言うまでもなく死生観が変わった大きな出来事でしたが、現代は自然災害だけでなく、戦争やテロといった暴力的なことによる死が身近にある。だからこそ日本だけでなく、世界の人にも見て欲しい題材だと思いました」。愛する人、大切な人を突然失ったときにどうしたらいいのか……明確な答えはないかもしれないが、映画『ハナレイ・ベイ』には答えに続くようなひと筋の光が描かれている。

公式ウェブサイトにこのように書かれているのは鑑賞後に知ったのだが、確かに原作の解釈次第では、「死生観」という深みに行き着くことができる。

吉田羊さんをはじめ、役者の演技はどれも素晴らしかった。
「圧巻!」というのではなく、スクリーンの中で着実に求められている役割を、適度に逸脱しながら遂行するという感じ。たぶん役者は『ハナレイ・ベイ』という小説も事前に読んでいると思うけど、どうなんだろう、あんなに解釈が分かれそうな作品をきっちりと同じ方向性のトーンにまとめ上げるのは一苦労というか。松永大司監督の手腕だと思うけど、彼が手掛けた「トイレのピエタ」という作品と全然違う感じがするので、何だか不思議な力学が作用しているような。

吉田羊さんが演じるサチが笑う。
その微笑みは、生きることへの歓びなのか、死を受け入れた末に行き着いた境地なのか。それは分からないし、分からないままで観た者がそれぞれの解釈をするので良いんだと思う。「音楽って素晴らしい!」と誰もを魅了する「ボヘミアン・ラプソディ」とは一線を画する、日本映画らしいファジーな余韻が、僕にはとても楽しかった。

村上虹郎さんが演じる高橋も良かった。
高橋の相方の三宅の佐藤魁さんはプロサーファーなんだと後から知りました。彼の脱力させるような演技も、この映画には合っていたと思う。

来週、僕はハワイに向かう。
どうか家族が、サメに襲われませんように…。

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