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リアルとフィクションの狭間を想う。(Netflix配信作品「アテナ」を観て)

ボイリング・ポイント 沸騰」、「The Bear(邦題:一流シェフのファミリーレストラン)」など、今年は「ワンショット」の撮影による秀逸な作品が多い印象だ。

正直なところ、僕はこれまで、そういった撮影技術に注目したことがなかった。だからワンショット撮影がどんな効果があり、どんなデメリットを伴うものかは理解し切れていない。

しかし、先に挙げた作品や、このnoteで紹介するNetflix配信作品「アテナ」の生っぽい臨場感は、僕の目にとても新鮮に映った。「作り物」には見えない映画作り、これから挑戦するクリエイターが増えていくかもしれない。

Netflix配信作品「アテナ」も、冒頭の11分を始め、エキサイトした登場人物の心情に迫るようなワンショット撮影が多用されている。こんなに鬼気迫るような映像を見せられたら、並の技術(というと失礼ですが)で撮られた映画やテレビドラマが見劣りしてしまう。

少し前に配信された、Netflix配信作品「グレイマン」も然り。予算が限られた映画作りは、これからどのように存在感を示していくのか。ここ数年が、分岐点のような気がしてならない。


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ワンシーン撮影が多用されている構成だ。

アテナ団地で暴徒化を指揮するカリム、カリムの兄で双方の調整を図ろうとする軍人・アブデル、警官のジェローム。基本的にはこの3人の視点から物語が進む。カットを割らずに、それぞれの呼吸までが生々しく聞こえるような距離感。暴力真っ只中の緊迫感が伝わってくる。

あえて誤解を招くような書き方をすると、カリムを始め、暴徒化した人々は「ぎゃー!」とか「うおー!」とか叫んでいるだけだ。ひたすらの喧騒で終始する100分間に対して「抑揚がない」と評価するのはフェアではないだろう。暴徒側の立場に立てば、警察の武器を奪い、限られたリソースの中で持ち場を守らなければならない。隙を見せたら銃殺される可能性がある中で、ハイにでもなっていなければやってられないのだろう。(そういった意味で、僕はとてもリアルな演出だったと思っている

大きな見どころのひとつは、ただ1人の良識を持っていたアブデルの変心だ。理性では「暴徒化は全く意味がない」と分かっていても、暴徒化している仲間の気持ちは痛いほど理解していて。そのタガが外れた瞬間に、アブデルはあちら側の世界へと旅立ってしまった。

人間は変わる。善から悪へ。悪から善へ。

善悪の境界など神しか判別できないわけで、その変質を人間はコントロールできないのだ。今の言葉でいう「闇落ち」だが、アブデルの場合は、落ちたのでなくスイッチが切り替わったような感じだった。

あえて言うならば、彼らの弟が不条理に殺害された場面。それほど丁寧に描かれていなかった分、兄たちの「怒り」の源泉はちょっと分かりづらかったように思う。ただ、それほどフランスの分断は進み、権力・体制側への鬱憤が溜まっていたとも言えるわけで。ひとつの事件をきっかけに、暴力を伴う争いが起こり得るというのも、また現実なのだというメッセージとするならば納得だ。

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暴徒化した人々が、警察に投降するシーン。裸になって跪き、両手を顔の後ろに回される。警察にとっては、文字通り「犬」のような輩なのだろう。扱いは、人間のそれだとは思えない。

本作は、フランス全土で政権に抗議を続ける「黄色いベスト運動」とも関係している。実際にデモ参加者が警察によって抑圧された光景と、この投降シーンは似通っている。

僕にとって欧米とは、民主主義が進み、自由が尊重された世界をイメージしていた。しかしそんな欧米で、こういった権力による抑圧行為が横行しているのは信じ難いが、これが現実なのだろう。

欧米の現実に恐怖する一方で、日本はどうかと考えてみる。

こういった目に見える「暴力」は発動していないものの、特定秘密の保護に関する法律に見られるように、「何をやったらNGなのか」が明確でないようなルールがじわじわと作られている。政権に対して異を唱える行為が危険因子として判断されれば、デモや政権批判などを思い切って行なうことができなくなるだろう。そういったリスクを敢えて表面に出さず、対話を受け付けないような体制が権力側にできていやしないかと僕は危惧してしまう。

現在、「黄色いベスト運動」を追いかけたドキュメンタリー映画「暴力をめぐる対話」が、渋谷・ユーロスペースで公開されている。民主主義や自由を脅かしているものの「正体」を、今一度、じっくり考えてみたい。

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冒頭11分間のワンショット撮影が先行して話題になっている本作。だが、本作で孕み、訴えているメッセージは他にもたくさんあって。それが少しでも観る者に伝わってほしいと、切に願っている。

(Netflixで観ました)

(Netflixでは珍しく?メイキングムービーも公開されています)

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