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素朴な田舎の「夢みる木」と家庭教育が、ウォルト・ディズニーの源流をつくった

「ロード・オブ・ザ・リング」のJ・R・Rトールキン、「リバー・ランズ・スルー・イット」のノーマン・マクリーン、その他著名な作家の多くが、素朴なカントリー・サイドの豊かな自然の木々や動物たちによって啓示され、その創作活動の源になっているが、ウォルト・ディズニーもまた同じであった。

シカゴに生まれ育ったウォルトだが、父イライアスが、シカゴという治安のよくない大都会での子育てを避け、田舎での子育てを選んだことが、後にウォルトの大きな源流を生むことになる。
ミズーリ州マーセリンの農場にに移り住んだ一家だったが、ウォルトはその生活をすっかり気に入り、妹のルースと共にどこへでも母親について歩き、仕事を手伝った。
” 近くの森にピクニックに出掛けては、アナグマやキツネといった動物たちと間近に接するうちに、自然に対し豊かな愛情をいだくようになり障害を通じて、それは変わらなかった ”(ディズニークロニカル1901-2001より)


父イライアスと母フローラ
幼いウォルトと妹ルース(シカゴ)

特に「夢みる木(Dreaming Tree)」と呼ばれた大きなハコヤナギの樹は、幼いルースの面倒をみる係であったウォルトがいつも一緒に過ごしたばしょであった。
両親は、ウォルトの絵画的な才能にまったく気づいていなかったが、叔母であるマーガレットは、ウォルトの才能に気付き、彼にドローイングブックと鉛筆を与えました。
ウォルトは、しばしばこの樹の下などでスケッチを行いました。
後にウォルトは、「まさにこの場所こそが、創造性の発祥の地である!」と述べています。

「夢みる木」の前のウォルトと兄ロイ

ルースが学齢期に達するまで学校に通わなかったウォルトは、その間母親によって教育されています。

今、全世界中で何十億と言う人たちを魅了してやまないディズニーの源流は、豊かな田舎の自然と家庭教育、とりわけ子どもに興味を失わなかった叔母マーガレットによって培われたと言っていいでしょう。


マーセリンでの母フローラ、妹ルースと。”トム・ソーヤ”を想い来させるような、シカゴ時代とは違った逞しさがうかがえます。


1915年のマーセリン駅。ウエスタンリバー鉄道の源となっていることがうかがえます。
マーセリンの街。同じくディズニーランドのメインストリートの雰囲気が感じられます。


今、現代日本の多くの子ども達が、都会のコンクリートの中で生活をしています。
自由な時間は、ほとんどがゲームの世界に奪われており、非常に将来が心配です。
すべての子ども達が、少しでも多く、自然に触れる機会が与えられることを願ってやみません。


蒸気船ウィリーより


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