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かくしごと

あの子の"かくしごと"に対して、僕はなんて言ってあげるのが正解だったのだろう。きっと彼女と同じような悩みを持っている読者も多いだろうから、つい最近のことだけど、僕は彼女の話をしようと思う。




渋谷で会った。


居酒屋に連れていって、お互いの仕事の話をした。彼女は僕のふたつ下で、化粧品メーカーの本社に勤めていた。栗色のロングヘアが似合う女の子だった。



「恋人はいるんですか?」

「いないです。最近別れました」



取引先の男性と付き合っていたらしい。別れた理由を聞いたら、



「愚痴ばっかの人で」

「かっこよかったんですか?」

「いや、ぜんぜん。お兄さんのほうがずっと」

「ずっと何?」

「言わせないでください」



店を出たら、ふたりともほどよく酔っていて、自然に手を繋いだ。



「ホテル行こっか」



断られるわけがないと思っていたら、



「でも……次がなくなりますよね」

「なくならないですよ(笑)」

「ほんとですか?」

「うん」



数日経って、今度は高円寺。古着屋を巡って、彼女はスカートを僕はフリースを買った。

ラーメンが食べたいというからラーメンを食べに行った。あんまり男とのデートでラーメン食べたいって言うだろうか(ぜんぜん言うなら謝りますすいません)。とにかく素直でいいなと僕は思った。

高円寺駅から電車に乗って、いっしょに何駅か揺られた。




彼女の部屋にはゲーム機があった。久しぶりに遊んだ。何年ぶりだったろう。マリカーやカービィをやってからシャワーを浴びて部屋の電気を消してキスをして、

パジャマを脱がそうとしたときに、

「ごめん、細貝くんに言わなくちゃいけないことがあって」



と彼女は言った。



「え?」

「謝んなくちゃいけない」

「どういう系の話?」



うーん、とか、えっと、とか、なかなか話し始められない彼女。なんかヤバいことに巻き込まれたんじゃないかと一抹の不安がよぎる。



「隠してたことがあって」

「うん」

「別れたって言ってた彼氏のこと。もう別れたは別れたんだけど、まだずるずる関係が続いてて。昨日も、実は会ってた」

「そうだったんだ」

「ごめんね、言えなくて。……それでね」


彼女は申し訳なさそうに続けた。


「いま身体にけっこうキスマークがついてて」


だから、彼女はパジャマを脱がそうとする僕の手を制したのだった。






彼女の話をきちんと聞いた。

彼女にはもうその彼に対して、何の未練もない。ところが彼の方が、依存してしまっている。その理由を聞いて少しややこしいなと思った。

どうやら彼は先天的に身体の具合が悪く、それは遺伝性のあるもので、そんな自分を受け入れてくれた女性を失ったら、もうこの先どう生きていけばいいかわからないと、その子にしがみついているのだった。



「なんで昨日会っちゃったの?」

「かわいそうだから。あと」

「あと?」

「(細貝くんから)ぜんぜん連絡ないから…」



それで寂しくなって、責任を感じてしまう自分も自分だけど、いずれにしても放っておけなかったので、

「いくら病気でかわいそうだからって、そいつの人生まで背負う必要はないと思う。好きなら別だけど、好きじゃないんでしょ?」

と、そんな正論を少し言葉を言い換えながら、彼女に説いた。その男にとって酷なことをしただろうか。そうは思わない。自分の人生に他人を引きずり込もうとするのは良くない。 


「……そうだよね。もう会いませんって言う」

「言える?」

「言う」




「あと、俺はそのキスマークとかぜんぜん気にしないから(最低)」




彼女が心配するほどにはキスマークはついてなかった。暗くてよくわからなかっただけかもしれないけど。朝を迎えてふたりで最寄りのファミレスでセットメニューを食べて別れた。

後日、その子から「もう会いません」ってちゃんと言えたとラインが来た。彼女がすっきりしていることにほっとした。自分と関わってくれて少しでも楽しかった人には、少しでも明るくいてもらいたい。



元彼と別れたのに関係が続いている。どうやったら自分に依存してる彼と別れたらいいかわからない。そんな悩みのある女の子は多いんじゃないだろうか。

あなたが生きているのは、彼の人生じゃないと言いたい。自分の人生に彼をどこまで許すのかはあなた次第だし、その関係を秘密にしたまま新しい人との恋愛はありえない。

いつもありがとうございます。