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大切な鏡 :夏ピリカ応募

「その鏡、すごい年季入ってるね。
それほど大切なものなの?」

会社内の化粧室でメイクを直していると、同期が興味津々で尋ねる。

「まぁ、そんなとこかな」

恵理子は、一言だけ答えると鏡を大切そうにポーチにしまった。

この鏡については秘密。

この同期に限らず、他の誰であっても話すつもりはない。

あの夏の夜の、恵理子の大切な思い出だからだ。

中学2年の夏だった。

恵理子は友人たち大勢と夏祭りに来ていた。

友人たちの中には、恵理子がひそかに思いを寄せる啓太もいた。

誰かに頼むのは恥ずかしかったが、
一瞬でも啓太と二人きりになりたかった。

そんな願いが通じたのだろうか、皆からはぐれていると……
探しに来た啓太が目の前にいた。

射的の屋台が近くにあったので思いきって話す。

「啓太くん、射的やってみてよ。見てみたい」

「ええ?俺が?」

しぶしぶ啓太はOKした。
的を絞って二発外す。

「あと一発。頑張って」

すると、啓太が当てた隣の的の景品が見事に落ちた。

プラスチックでできた、キラキラデコレーションが施してある鏡。

「藤井、使う?記念にやるよ」

啓太から渡された鏡。

この時は天にも昇る気持ちだった。

だって、啓太からの贈り物に思えたから。

その後10年以上経つ。

告白の機会もないまま、友だちの一人として未だに頻繁に会っている。

今夜も啓太や皆と会う予定だ。

定時に退社し、美容院に寄ってから、啓太たちと会う。

啓太の前では、いつでも綺麗でいたかった。

「はい、伸びたところカットしてこんな感じで」

三面鏡で後ろ姿も確認する。

大満足の仕上がり。

恵理子は啓太に会うのがますます楽しみになっていた。

一人、また一人と会場の居酒屋に集まり始める。

恵理子が着いたときにはもうほとんど集まっていた。

啓太も奥から手を振る。

「じゃ、始めるか」

幹事が乾杯をしようとすると、啓太がその言葉を遮ってこう告げた。

「ごめんな、乾杯の前に報告がある」

「おう、じゃあ聞こうじゃないか」

一気に静まる一同。

「美紀、こっち来て...あ、うん。
美紀と俺、結婚することになった」

一気にええ!とかおめでとうとか皆も大騒ぎ。

恵理子の足がガクガク震えていた。

仲の良かった美紀と、啓太が結婚。

おめでとうを言わなきゃいけないのに……言えない。

恵理子は皆の盛り上がりを遠巻きに見ていた。

宴も盛り上がり、皆が飲み食いしている途中、美紀が鞄から何かを出そうとする。

「美紀、どした?」

啓太が心配そうに見つめる。

「おでこが痒くて……」

すると、啓太はさらに美紀に顔を近づけた。

「あっ、赤くなってるね。蚊に刺されたかな」

そっか、と美紀は言い、笑い合う。

完敗だ。恵理子は二人の関係性を改めて垣間見た。

美紀の綺麗な服装も、化粧も、いつも啓太が間近で見つめてくれるのだろう。

それは啓太にとっても。
鏡なんて必要ないくらいに。

恵理子は遠目で二人を眺めながら、使い古したプラスチックの鏡を握りしめて1人で乾杯した。

【1,191文字】

夏ピリカグランプリ応募、書かせていただきました。
ここのところ忙しく時間がない!アイデアも浮かばない!というか元々創作は上手く書けない!のないない尽くしでしたが。
なんとか間に合いました。
ピリカさん、審査員の皆さん、暑い中、お疲れ様です。どうぞよろしくお願いいたします。

#夏ピリカ応募

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