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かっこわるい自由 ー『島暮らしの記録』

ムーミンシリーズに『ムーミンパパ海へ行く』という一冊がある。ある日、ムーミンパパが島で暮らしたいと言い出し、一家は美しい森に囲まれたムーミン谷を離れて、荒涼とした島で生活しはじめる。島での暮らしはこれまでとは勝手が違い、何もかも思い通りにならず、ムーミンたちは長いこと悩み続ける。その描写が読んでいてちょっと苦しくて、子どもの頃、大好きなシリーズの中で、一冊だけ少し苦手に思っていた。
著者のトーベ・ヤンソンも島で暮らした経験が長かった。これは、トーベが無人島に小屋を建て、そこで暮らし、やがて去るまでの記録である。舞台の全編が海、それも穏やかな凪よりは冬の厳しい波しぶきの光景が印象に残る、短くて渋い一冊だ。

トーベと親友トゥーリッキは、人々にあれこれ干渉される環境が煩わしくなり、岩礁の中の小さな無人島を借りて、知人に助けてもらいつつ自ら小屋を建てる。住人はトーベとトゥーリッキ、トーベの母のハムと、飼い猫だ。三人はそれぞれ芸術家なのだけど、助け合いつつもお互い必要以上に干渉せず、自分の仕事、したいことに集中している。自由と独立を愛する人々なのだ。トーベは島の暮らしを始めるときに思う。「わたしは孤立とは似ても似つかぬ、新手の隠遁にはまりこむ。部外者を決め込み、なんにしろ良心の呵責はいっさい感じない。だれともかかわらず、なぜかはわからないが、なにもかもが単純になり、ただしあわせだと感じるに任せる。」島は、居心地のよい隠れ家のようなものだ。

一方で、とにかく海は容赦ない。予想もしない荒れ方をして、島暮らしの生命線であるボート(これで食料品も小屋の資材も運ぶ)が出せないこともあれば、長い期間かかって集めた薪をすっかり波がさらってしまうこともある。おまけに貴重な食料である魚はおいしくなかったりする。

色々なことが恐ろしく思い通りにならない状況の中、トーベたちはいらだちつつも物事を受け入れ、ちょっと試行錯誤し、そっと諦める。時には嵐に興奮したりもする。幼い子どものような素直な心と、おおらかに受け止める大人の知恵が混じりあった態度だ。読んでいると不思議な安心感がある。自由って、かっこ悪くてもいいんだ。かっこよくあることよりも、自分が実際に体験したこと、感じたことに向き合うことの方がどんなに大事だろうか。

子どもだった頃は、勝手なムーミンパパもいらだつムーミントロールも、元気のないムーミンママも読んでいて悲しかった。そんな顔見せないでくれ、いつもほがらかなムーミンたちでいてくれ、と思っていた。今ならきっと、大分違う感想になる。もがいて、情けない思いをして、初めて手に入る大切なものがあることを、今の私は知っている。




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