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存在価値ってなんだろう

仕事終わり、駅まで歩く。電車に乗る。何も難しくない行動で誰もがやっていること。でも私にとっては人混みも、街中でガンガン流れる曲も、目の端に見え隠れする前の人のスマホゲームの画面も、両肩に、こめかみにズシっとくる。
心がまだ元気な時は、そうやって思いがけずやってくる情報にも、「へえ、今こんなのが流行っているんだ。」くらいに面白がることができる。でも疲れ切っている時には、五感から入ってくる情報全てをシャットアウトしたい衝動に襲われる。意図的に閉じることができるのは目と耳栓した聴覚くらいで、あとは成されるがままの状態になりやすい。

今日は疲れすぎた日だ。ホームに滑り込んできたのは満員電車…。「うっ…」心にちょっとの拒否感を感じながらも、早く帰りたい一心で飛び乗った。イヤホンをし、目を閉じる。これは空いている電車だと思い込もう。
グラッ。「ったく、ふざけんじゃねえよ。」振動で隣の人にぶつかってしまった。「…すみません…」「聞こえねえんだよ」「ごめんなさい!」力を振り絞って言った。それっきり隣の人はこちらを見なくなった。
トラブルにならなくて良かった〜ほっとしていると抑えきれずに涙が溢れてきた。今日は仕事でミスを指摘されてしまったこともあって、限界だったみたい。「…ごめんなさい…」と小さな声で謝りながら泣き続けた。

そろそろ最寄駅だ。顔を整えなくては。ぐしゃぐしゃの顔をハンカチで拭きながら、電車で泣いてるの何回めだろうと考えてみる。ここ1ヶ月くらい、出社の日はほぼ毎日泣いているんじゃないだろうか…。何かストレスが…?思い当たる節は無くて、でも休みの日に電車に乗っても、通勤ルートを通っても泣くことが無いことだけは確かなようだった。

「ただいま〜」
「今日は早かったね。そろそろご飯、炊けるよ。」
今日も彼は元気そうだ。私より仕事の帰りが早いと、よくご飯を炊いておいてくれる。
「昨日作っておいた肉じゃががあるから、それとごはんでいいかな。」
いつも通り、彼には多め、自分には少なめによそった。
「いただきます。」
いつも通り、何もかも。彼は「やっぱ美味しいわ。」と食べてくれる。でも私は何だか食べられない…。
「えっ、それだけ?具合でも悪いの?」
「ううん。ちょっと疲れてるだけだと思うよ。」ちょっと疲れてるだけだよね。少し不安な気持ちもありながらも、早めに寝ることにした。

ぱっちりと目が覚めた。身体は疲れているはずなのに、目が冴えて、時計の秒針の音、カーテンから漏れる微かな灯りが気になってしまう。「お願いだからもう一度眠らせて…」誰に言うでも無く、不安になって口にした言葉。一睡もできないまま朝がきた。

うまく寝れない日が1週間くらい続いた出社の日。朝食後。支度をしながら、コンシーラーを手に取る。眠れないせいで目の下にできたクマを隠すため、最近は厚めに塗ることにしている。最寄駅に着く。電車に乗る。まだ身体が動いていることに安心感を覚えた。
とぼとぼと歩いて、会社の前にきた。ひどく吐き気を感じて、冷や汗がすごい…。もしや内臓でも悪いのか。その日は休暇を頂くことにして、会社近くの内科に行くことにした。

「大田さん、どうぞ。」冷や汗を拭きながら、診察室に入る。「今日はどうされましたか。」洗いざらい話した後、先生は病院近くの心療内科で診てもらうように紹介状を書いてくれた。よく分からないまま、その足で紹介された病院へ。

「大田さん、どうぞ。」この頃には、だいぶ吐き気と冷や汗は収まっていた。先生は目を見て話を聞いてくれた。「ちょっと鬱っぽくなっていますね。2週間くらい、会社は休みましょう。」「うつ…ですか…」「これは頑張りすぎる人がなりやすい病気なんですよ。今日の症状は、頑張りすぎて心より先に身体が赤信号を出してきた言うようなことですわ。まあこんだけ頑張った後は、少しゆっくりしたってばちは当たりませんよ。」
「はぁ…。でも今任せてもらっている仕事、最後までやらないと迷惑がかかるし、ずっと家にいるのも彼に心配させて悪いし…。休みたくは無いんですけど…」「大田さん、あなたは存在意義を自分に求めて一生懸命やってきたようですね。それならこれからは存在価値を学ぶ時間も必要ですね。自分が居るだけで存在するだけでいいと思えるようになったら、人生楽になりますわ。ええ〜。」張り詰めていた糸が切れるように涙が溢れてきた。恥ずかしながら、しばらくとめることができなかった。

会社を休むことになってしまった。重い足取りで家に帰る…。「おかえり。」明るく迎えてくれる彼。「ちょっと体調悪いみたいで…少し会社休むことになった…」「最近大丈夫かなって思ってたから、その方がいいんじゃないって思うよ。困ってるならいつでも相談してよ〜」さらりとそんな風に返してくれた。思わずまた、涙が溢れ出してしまった。「…ありがとう…」ここ数日ひどく眩しく感じられていたリビングの灯りが、今日はきらきらして見える気がした。

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