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おいしいゆですぎたスパゲッティ|紅燒牛肉盖蓋澆麵

 私が初めて中国に行ったとき、といってもたかだか数年前のことだから別に大昔のことではないのだけれど、行ったのが内陸の重慶というところで、今留学している発展した沿岸部とはだいぶ雰囲気の違うところだから、時折思い返しては懐かしくなる。

 「山の城」という別名がつけられるほど重慶は高低差の激しい場所で、もちろん街まで行けばシャネルやバーバリーなど、銀座顔負けのブランド店が並ぶ広場や繁華街があるのだけれど、私が1年間の留学先として選んだ学校は地下鉄の終点に位置し、比較的都市の喧噪から離れた立地にあった。

 重慶というと、辛いもの好きな人なら知っているだろう「火鍋」の本場。火鍋でなくても、すべてに唐辛子や花椒が入っていてとにかく辛い。だからこの地に来た外国人の多くがそうであるように、私が最初に現地で覚えた中国語は「不要辣(辛くしないでください)」だった。

 青椒肉絲、麻婆豆腐、回鍋肉など、日本でもなじみの中華料理の起源はここ重慶、および隣の四川省にある。和食からしたら十分脂っこくて辛い中華料理だけれど、本場は比じゃない。しかも量はあの大衆的な量そのままというのだから、どんなに中華好きといってもほとんどの日本人は3日もいればノックダウンだ。

 中国の大学寮にはキッチンがないから、ご飯時になると学生は食堂か外の店に繰り出す。外国人用の寮には大抵各階にキッチンや冷蔵庫がついていて、そこで自炊をすることもできるのだけれど、私の場合あいにくキッチンも何もない寮に割り当てられたので、中国人学生と同じように、ほぼ毎食外で食べる生活だった。

現地の生活に慣れるにつれて、中国語も分かるようになり、それと同時に私の舌も中国人化していった。けれど、胃はやっぱりいつまでたっても日本人で、途中からは食べることには食べられるけれど、おなかを壊してまで食べようとは思わなくなり、結局慣れた味を求めるようになった。中国語で濃い味付けが好きな人の好みを「重い」というが、この土地の味付けは胃にずっしりくるのだ。(不思議なことに今は逆のことが起きているのだけれど)

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そんな時、盖浇面(ガイジァオミエン)をよく食べた。とくに寮から歩いて5分もしないところにあった学内の「美食城」の蘭州拉麺にはお世話になり、あまりにも毎日のように通ったため、すぐに老板(ラオバン)(店主)と顔なじみにまでなった。蘭州は重慶よりさらに内陸に位置する甘粛省の省都で、イスラム教徒の多い地域。その老板が甘粛出身かは分からないが、やはりムスリムの人らしく、いつも小さい帽子をかぶっていた。(漢民族の中国人がやっているハラルのお店にも入ったことがあるが、ほとんどの蘭州拉麺の店はムスリムの人がやっている。)红烧牛肉盖浇面(ホンシィアオニウロウガイジャオミエン)とは牛肉の醤油煮込みをかけた麺のこと。最近日本でも蘭州拉麺のお店ができているらしいが、本場の蘭州拉麺にはご飯ものや薄焼のナンをつけて食べるスープ料理など、バラエティー豊富だ。

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红烧(ホンシィアオ)(醤油煮込み)があっさりした料理かと聞かれれば決してそうではないのだけれど、とにかく重慶料理の油と唐辛子を避けられて、安くておいしい料理としてハラル料理はありがたかった。八大菜系と言われる中国料理の系譜には数えられていないが、中国各地にイスラム教徒がいることから、内陸だけでなく全土で食べられる。

お店によってジャガイモが入っていたり入っていなかったり、赤い色どりは人参だったりパプリカだったりする。けれど私は毎食の様に通ったあのお店の味が基準になっているから、今でも違うお店で食べた時に具材が違ったり、量が違ったりすると何が違うのかすぐにわかる。

美食城の盖浇面(ガイジァオミエン)はトマトベースだ。スープはないから見た目には分からないが、食べるときは汁を吸って麺は少し赤く染まる。先に油で揚げ焼きされたのか、よく火の通った厚めのジャガイモと紫玉ねぎ、それからピーマン、ニンジンが入っていて牛肉はメインではない。基本の味付けは他のメニューでも変わらないから、それが鶏肉になれば红烧鸡块盖浇面(ホンシィアオジークアイガイジャオミエン)だ。お店の奥で伸ばされた白い太い麺の上にのっている。

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特に気にしてこなかったが、日本の麺はコシが命。ゆで時間通りにゆでるとたいていの麺の芯が残る。スパゲッティでもアルデンテ、カップ麺もスープを吸ってしまう前に食べる。けれど、中国の麺には芯もコシもない。だから初めて食べる日本人にはどの麺も伸びきっっているように感じるかもしれない。

こう書いて食べたがる人がいるか分からないが、いうなれば太いゆですぎたスパゲッティ。

この麺こそがおそらく私がこれまで食べた食べ物について書こうと思い立ったとき、一番に红烧牛肉盖浇面を思い浮かべた所以なのだと思う。というのも日本にはない麺だから。

日本でも最近は本場の「中国料理」を食べれる場所が増えた。

しかしまだ本場の红烧牛肉盖浇面にまだ日本でお目にかかれていない。

中国に戻ったら食べに行こう。


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