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ある仮説:1人で継続できない人に向けて

誰だってそうだろうけど、私は一人で何かを続けることが本当に苦手だ。

だって、雨が降っていて片頭痛がひどい日や、本当にやりたくない日や気分が乗らない日があるのに、それでも無理やり体を引きずってでも仕事は「行かなきゃ」っていう気持ちがあるからできる。

1人じゃ、切迫した気持ちもないし、そのうえ完璧主義がそれに拍車をかけて「継続」なんか到底難しくなる。


先日、記事に書いたように私は自分がやってきたことを「忘れる」ように努めてきた。頭の中は一切自分中心で回っていない。自分が「よし、これができたんだ」っていうものが積みあがってない。

寝て起きたら、自分は何も積み上げられていない最低な人間なんだって毎日絶望していた。真っ白で、新しい自分としてこの世界に放り出されたようなかんじ。

一生懸命何かをこなしても、次の瞬間には「私は何にもできてないんだ」って絶望する。こうして考えてみると吉本のネタみたい(笑)


先日から記事に書いているように、自分のできたことを軸にして生活してみることにした。

そうしたら、次の瞬間に「自分は何もできてないんだ」って絶望することが無くなった。

「あ、私は今日こんなこともしたし、あれもしたし、こんなに成長したんだな」って自分に安心する。自分ちゃんとやってる。
自己肯定感を持つために褒めるように努めてるからじゃなくって、心から純粋に自分が普通にやっていることに「やるじゃん」って思える。


私の仲の良い教授が先日こんなことを話してくれた。
「勉強は1人でカツカツやり続けるもので、しんどいかもしれないけど、一生懸命1人ででもやり続けていると、きっと世界が広がるよ。」


勉強も筋トレもダイエットも1人でやる競技なんだと思う
私はそれが苦手で、やる気が出る本とか動画とか、友達を頼りにして、そこにモチベーション元を依存して、「これなら頑張れる」って存在を無理やり作り出してやっていることが多かった。

だけど、何をやるにしても、1人なんだよ
1人でやり続けるものなんだって最初から思っていると案外楽だなあって。

そして、こうやって1人でやる競技に大切なのは、自分ができたことを軸に考えることなんだと痛感する。

自分という存在と、「~か月で合格しました!」とか「あの人は、こんなに優秀な成績で」とか「試験まであと~日」っていうのを比較することなんかより

自分ができたことを見てあげたほうがきっといい

きっと、自分のできたことをしっかり見れていないと、とてもじゃないけど続けられないんじゃないかな。だっていつか「なんでやってるんだろ」ってなるし、自己肯定感もつかないから「何にもできていない自分が嫌い」に最終的になってしまうから、続けられる確率はだんだん低くなる。


1人でやることを続けるコツは、きっと自分のできたことを軸に考えることにあるんだと思う。

でもこれはまだ仮説だから、自分で実践してみてまた結果を報告したい。
もしこれができたら、今まで私の大きな悩みだった「継続ができない」を解決することになる。

サポートして頂けると、これからも頑張れます。