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マルトリートメントをうむ社会のシステムにどうアプローチするか〜福井大学友田先生の研究より〜

児童虐待の報道が出るたびに、報道を受けて養育者や児童相談所に対する強い声が生まれる。その声は果たして何をうむのだろうと考える。

もちろんなぜ児童虐待が起こったかの丁寧な検証と、検証を元に仕組みとして何を改善するといいかを検討することはとても大事で必要なことである。この再発予防に向けた仕組みの改善を目的とする検証は、誰かやどこかの機関に全ての責任があるかのように攻撃することとは全く違う。特定の誰かや何かに向かう集団化した不安や怒りの声は、誰かの尊厳を奪い、「助けて」を言いづらくさせているのではないか。そして、困難をさらに潜在化させる可能性はないだろうか。

では、どのようにしたら、マルトリートメント(大人の子どもに対する不適切な養育や関わり)をうむ社会のシステムにアプローチできるのだろうか。そして、子どもの尊厳を尊重し合える社会につながるのだろうか。

この疑問に対して、

1、マルトリートメントをどのように捉え、関わるか

-福井大学子どものこころの発達研究センターの研究チームの研究及び福井大学の友田明美先生の提案から考える

2、マルトリートメントを生む社会のシステムやまなざしにメディアはどうアプローチできるか

-アメリカの疾病予防管理センター(CDC)が提案している、マルトリートメントマルトリートメントに対しての報道のあり方から考える

3、子どもの権利及び尊厳を尊重する文化規範を私たちはどう紡げるのか。

-マルトリートメントの予防における文化的規範の重要性を考える

-社会のまなざしに対して私たちは何ができるかを考える

の3点から考えたい。今回はまず、

1、マルトリートメントをどのように捉え、関わるかを、福井大学子どものこころの発達研究センターの研究チームの研究及び福井大学の友田明美先生の提案から考える

を取り上げる


マルトリートメントをどのように捉えるか

先日、新潟県新潟市で行われた第115回精神神経学会に参加した。

今回は取り上げるのは、第115回精神神経学会にて参加したシンポジウムの一つ「ACE(児童期逆境体験)に精神科臨床はどう向き合うか」というシンポジウムの中で発表された、福井大学子どもの心の発達研究センターの友田明美先生のマルトリートメントについて発表である(ACEs studyの説明についてはこの別の記事に譲る)。友田先生は、マルトリートメントが起こる社会の構造自体を変えていく必要があると話されていた。そのために、マルトリートメントを子育て困難のサインだと捉え、育児の孤立化を防ぐ「子育てを社会で支える」ための共同子育てを提案している。


マルトリートメントとは何か

マルトリートメントとは、虐待とほぼ同義で使われるが、「大人の子どもに対する不適切な養育や関わり」と訳される。友田先生の著書及びインタビュー記事には以下のように書かれている。学会でも同様に話されていた。

「子どものこころと身体の健全な成長・発達を阻む養育を全て含んだ呼称」であり、大人の側に花街の意図があるか否かにかかわらず、また、子どもに目立った傷や精神疾患が見られなくても、行為そのものが不適切であれば、それはマルトリートメントと言えます。
(「子どもの脳を傷つける親たち」(NHK出版参照)/「PHPのびのび子育て」11月号より)

また、WHOにも、あらゆる種類の児童虐待及びネグレクトが含まれ、結果として、子供の健康、生存、発達及び尊厳に実際的/潜在的な害がもたらされることと書かれている。

Child maltreatment is the abuse and neglect that occurs to children und
er 18 years of age.
It includes all types of physical and/or emotional ill-treatment,
sexual abuse, neglect, negligence and commercial or other exploitation,
which results in actual or potential harm to the child’s health, survival,
development or dignity in the context of a relationship of responsibility,
trust or power.
Exposure to intimate partner violence is also sometimes included
as a form of child maltreatment.
(WHO HPより 
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/child-maltreatment)

つまり、児童虐待及びネグレクトを含む子どもの健やかな心身の発達及び尊厳を阻害するような養育及び関わりと捉えられる。


子育て困難が起こるまでにどんなプロセスがあるか

マルトリートメントを子育て困難のサインと捉えると、その困難はどのようなプロセスをたどって起こるのだろうか。友田先生の学会で発表された以下の研究に、そのプロセスが示されている。

子育て困難や子ども虐待は急に起こるのではなく、「養育準備」、「健全養育」、「養育困難」、「養育失調」という過程を経て進行していくものと捉え、深刻な事態を招かないために、段階に応じた予防的な養育者支援を提案することを目指している。

養育失調までの過程の詳細は以下のように定義されている。

養育準備:未養育者、これから養育を行う者、養育を行って間もない者を含む。
健全養育:養育リスク要因がほとんどなく適切な養育を行う者を含む。
養育困難:養育リスク要因が少なからずあり適切な養育を行うのが難しい者を含む。 
養育失調:養育リスク要因が比較的多くあり不適切な病的養育を行う者を含む。

上記の過程は、心身の疲れが蓄積されると、どんなに子ども思いの養育者にも起こり得ると記されているそして、現代の社会の状況として、養育者心の疲れがより生じやすい構造がある。

たとえどんなに子ども思いの養育者であっても、体の疲れだけでなく、目に見えない心の疲れの蓄積から子育て困難(そして最悪な事態として子ども虐待)に陥ってしまうリスクの線上にいると考えている。
少子化や核家族化の進行、地域のつながりの希薄化など、社会環境が変化する中で、身近な地域に相談できる相手がいないなど、子育てが孤立化することにより、その負担や不安が増大している。
(※1※1 内閣府『平成25年版 子ども・若者白書』)
こうした子育ての環境の変化は、養育者のメンタルヘルスの問題が生じやすい要因にもなっていると考えられるが、近年は子育て困難そして最悪な事態として子ども虐待や妊産婦の自殺等の予防という観点からも、メンタルヘルスの重要性が指摘されている。(※2厚生労働省 雇用均等・児童家庭局
総務課『子ども虐待対応の手引き(平成25年8月改正版)』)
子どもへの身体的虐待、性的虐待、暴言による心理的虐待、ネグレクトなど、子ども虐待につながりうる子育て困難を防止するためにも養育者のメンタルヘルスへの対応が望まれる。

つまり私にもそしてこれを読んでくださっているあなたにも起こりうるかもしれないことなのである。

さらに、「養育困難」段階までの過程において起こる心の疲れの深刻化は、脳機能を変化させ、対人関係における様々な困難さ(対人関係や、家族内の関係の困難さ、援助希求の難しさなど)につながる可能性があるという。つまり、心の疲れが深刻化すると、人との関わりの中で生まれる「助けを求める」、「自分や子どものストレングスに目を向ける余白を持つ」、「必要な情報を得る」などが困難になる可能性がある。養育者が養育を頑張る過程のどこかで、頑張ろうとしても難しい状況となっていく。その困難は、心の疲れへのケアや深刻化への予防環境が少ない社会のシステムの問題である、と考える。


マルトリートメントが起きるシステムにどうアプローチするか

福井大学の研究チームでは、子育ての中で、子育ての負担や不安から、ほぼすべての養育者が感じる気分の落ち込みといった心の疲れを表す抑うつ気分の程度差に注目した。そして、「健全養育」段階の養育者の抑うつ気分の高まりが「養育困難」段階への過程の進行を促進する一因とみなして、予防的な養育者支援の研究開発を進めている。

心の疲れが深刻化し、養育困難への過程に進む中で援助希求や対人交流が難しくなることは孤立化を深めていく。そのような状態になる前から、小さな困りごとやを共有しケアしあえたり、自分では気づかないストレングスに目を向けられるような体制が必要である、と考える。例えば親以外の周囲の大人たちとの子どもを育てる共同子育てが、子育ての孤立化を予防し、負担や不安を低減する可能性がある

実際、研究チームは、予防的な養育者のサポートを、メンタルヘルスを重視した実効性のある社会システムとして提示することを目指している。このシステムとは以下のなシステムであると記載されている。

具体的には、両親だけで無く祖父母や周囲の大人などの共同養育者や子育て支援者らと共に困難が顕在化する前に客観的かつ定量的な社会的シグナル(言い換えれば潜在的な援助希求)を共有でき、子育ての孤立化・困難化の事前予防につながりうるシステムのことである。
そして、市区町村や児童相談所などと連携し、このような客観的かつ定量的な評価法を組み込んだ養育者支援システム(養育者の養育機能に関して、健全養育の維持・促進または養育困難・失調の予防・支援・介入を、個体内要因(例えば、個人の心理・病理の支援に重点を置く)と個体外要因(例えば、環境・生活の調整に重点を置く)の多面性に基づき実現可能とするシステムの一種。)を確立し、メンタルヘルスを重視した実効性のある社会システムとして提示することを目指す。

つまり、困難が顕在化する前に持ちうる潜在的な小さな困りごと(助けが必要なこと)のシグナルを可視化する評価方法の開発と、そのシグナルを共有できる共同子育てのしくみづくりの提案を目指している。

最後に

福井大学の研究チームの研究及び友田先生の発表を通して見えてくる以下の三点は、メンタルヘルスのように見えづらいことを自分たちのこととして捉え直し、お互いをケアしやすい社会の寛容さを生み出す鍵でもあると感じる。

・「誰もが感じ得る心の疲れ」というノーマライズ。
疲れの深刻化を個人の責任に帰属させず、「社会のシステムの問題」と捉え直した上での新たなシステムの提案。
・特別な人にマルトリートメントが起きるわけではなく、心の疲れが深刻化する環境であれば私にも起きうる、という「誰かのことから私たちのことへ」の、社会の共通認識の変容プロセスの設計。

次は、マルトリートメントをうむ社会のシステムやまなざしについてメディアは何ができるかを考えていきたい。

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