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【短編】花の名は教えない(前半)

かつての恋人のこと、覚えていますか?

短編「花の名を教えて」のAnother storyです。

以下本編です。

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恋は盲目、なんて言葉が大嫌いだった。「お前のためにあるような言葉だ」と言われそうなくらい、あの頃の私には彼しか見えていなかったから。

学生の頃に付き合っていたのは、一つ年上の、優しい先輩だった。人当たりが良くて、同じサークルの女の子からもちょっと人気があって、少し勉強のできる極々普通の人。

しかし当時の私にはどんな人よりも特別に見えて、憧れていた。そんなことを知ってか知らずか、彼は私の告白を受け入れた。飛び上がるくらいに嬉しかったのはその時と、付き合って初めての夏に先輩から地元の花火大会に誘われた時くらいだ。

お祭りの人混みの中でぎこちなく私の手を握り、はぐれないように前を歩いてくれる。私は彼越しに花火を眺めながら、この幸せが一生続けばいいと思っていた。

でも学生の恋愛がそんなに上手くいくはずもなく、彼はまるで当たり前といったように別の女の子とも二人きりになったし、もしかしたら私にとっては浮気と言えるような行為もしていたかもしれない。

そこは憶測でしかないけれど、私にはそれが途方もなく悲しくって、寂しくって、裏切られたような気持ちになった。幼い独占欲、子供らしい思い込みと勘違い、今思えばそう処理できたはずだけど、今更言ってみたところで取り返せるものは何もない。

愛することの難しさを、私はその時はじめて知ったのだ。

人を好きになるのはそう難しいことじゃない、人間生きていれば恋の一つや二つ経験するだろう。しかし上手に好きでい続けることは簡単じゃない、日に日に自分を好きじゃなくなっていく彼に、私はなんと声をかければ良かったのか。

昔、一時的にだけれど友達に仲間はずれにされたことがあった。子供の世界にありがちなことだが、そういう状況になると相手に話しかけるのは容易じゃない。話しかければ相手からどんな恐ろしい言葉を投げつけられるか、怖くて怖くてたまらなくなるからだ。

友人関係ならば無理に続ける必要もないけど、恋愛は違う。ようやっと付き合えた憧れの人を、そう簡単に諦めることなんてできない。まだ幸せだった頃に見たあの美しい花が、まぶたの裏で咲いては消え、また咲いては消える。そうしているうちに、また愛されるのではないかと錯覚してしまうのだ。

だからそうならない現実が悔しくって、悲しくって、私はそれを彼にぶつけ続けた。そんな自分が、心底嫌いだった。理想と現実の間で、私は彷徨い続ける。

月日が経ち、彼と付き合い始めて二度目の夏。今度は私から花火大会に誘った。その年はサークルの仲間内でも同じような誘いがあったから、もしかしたら断られるかもと思いながら誘った。OKの返事をもらった時は、なぜか喜びよりも不安の方が大きかった。

人と比較されるのは怖い。やっぱり友達と行った方が楽しかった、なんて言われたら足元から崩れ落ちてしまう。そんな予感があったからだ。

二度目の花火大会では、一度も手を繋がなかった。それが私には不満で、少し悲しくって、でも隣に居られることが嬉しかった。彼が私を全く見ていないことにも気がついていたけど、それでも嬉しさの方が勝っていた。

またお祭りの雰囲気は私たちにとって好都合だったのだ。人混みと喧騒、打ち上げ花火の轟音の間では大抵の人が浮かれているし、気分が落ち込むようなことが入り込む余地はなかったから。

しかし花火に目を奪われているうちに、彼とはぐれてしまった。思えばその時にはもう、私は彼のことが好きではなくなっていたのかもしれない。



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後半に続きます。

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