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まちぼうけのねこ

私はねこ

「あなた」の大切なねこ

「あなた」の腕に優しく包まれていた私は

ゆっくりと冷たい地面に降ろされる

『いつか迎えに来るからね』

泣きながら「あなた」は私から離れていった

待つよ

約束は忘れない

いつまででも待つよ

「あなた」の腕の中に戻れるのなら

いくらだって待てる



通りがかりのねこが言った

『君は捨てられたんだよ』

君の言葉は聞こえない

必ず帰れる

幸せだったあの頃に

でもこんなボロボロになった私を見て

あなたはどう思うだろう?

あなたの好きだった

私のふかふかの毛は

もうどこにもない

それでもまた愛してくれるだろうか?

もう起き上がることもできない

『大丈夫?かわいそうに。』

親切な「きみ」は私を大切そうに抱き抱えあげる

ふわふわとゆらゆらと

とってもあたたかい

約束の場所から離れてはいけないのに

「私を連れていかないで」

そう言いたいけど声ももうでない

「きみ」は私をとっても大切にしてくれたね

幸せだったよ

君のもとからは離れたくなかった

でも約束があるんだ

あの場所へ戻らなければならない

少しでも早く

約束の場所へ戻らなければ

道なき道を走る

せっかく君に治してもらった体も

この場所に戻る頃には

また元通り

もう目を開けることすらできない

ぼやける視界に

待ちわびた「あなた」が映る

私には目もくれない

最後の力を振り絞って立ち上がる

あなたによろよろと近づく

「あなた」の足におでこをコツンとぶつける

私はここにいるよ

「汚いねこ」

「あなた」はそう言って私を振り払う

私から遠ざかって行く「あなた」

だんだんと広がっていく暗闇

遠ざかっていく街のざわめき



「まだここにいたんだね」

親切な「きみ」の声が聞こえる

待ちわびた「あなた」ではなく

約束の場所にわたしを迎えに来たのは

「きみ」だった


『帰ろう』


あぁ幸せだった時間はもう帰ってこないんだね

待っていたって時間は戻らない


手に入れられるはずだった幸せも

自分から手放してしまった

君のあたたかな腕の中で遠ざかっていく意識

最後の力を振り絞って祈る

『どうか優しい君にたくさんの幸せがふりそそぎますように。』

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