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ストーリー>プロセス>デザイン | 物語とプロセスで輪を拡げる

行政にこそ「デザインの力」を。

ずーっと思ってきたし、
(近しい周囲には)ずーっと言ってきました。
だからというわけではないですが、最近、私の身近な部署のデザインがステキになってきたケースが増えてきた気がします。

職員自らが手がける資料もいい感じだし、大型案件はきちんと外部のデザインの力を使っている。いずれにせよ、職員のデザインに対する重要性の理解や意識が高まったきているからだと思います。いいことです。

ところが、反応が思った感じではない。(と俺は感じる)
今回は、この「見た目いい感じになってるのに、思ったほど反応がいい感じになってなくない?」問題について、少し考えてみます。


まちづくりのビジョン、超ステキなのに…

一つケースを取り上げて話を進めてみましょう。最近、大型のまちづくりプロジェクトの青写真的ビジョンブックが出されました。かつてのようなデベロッパーにドンっと発注して、イメージパースが1、2枚出て、あとは工事みたいなことではなく、都市設計のプロ、ランドスケープのプロ、クリエイティブ系のプロがチームを組み、地元の方々と意見を交換しながら作られたビジョンのようです。

よくあるイメージパースでもなく、役所っぽい文言と文字がびっしり書かれた『THE 役所』的なペーパーでもなく、プロのクリエイティブが手掛けた感じのする素敵なビジョンブック。

よしあし、好き嫌いは、個人の好みによるところがあるでしょうが、少なくとも「今までの役所っぽいものではない」というのは、割と多くの人が共通に感じていると思います。

で、俺もSNSで見かけたぐらいで、どんな担当が、どんな思いで携わっているのかも知らないし、役所の内外での反響も全く知りません。ただただ、皆さんと同じように、SNSのタイムラインで見かけただけです。

で、これまたSNSだけの狭い世界の話ですが、投稿やコメントを見ると、ワクワク肯定派と、とまどい派に二分されている印象を持ちました。肯定派と否定派に分かれているわけでは決してない。肯定派と"とまどい派"です。
あ、これ全部、俺の個人的な勝手な捉え方です、あしからず。

肯定派と"とまどい派"を分かっているのは、単純に、このプロジェクトにちょっとでも関わったり、関係があるかないか「だけ」なんじゃないかとも思いました。

ちょっとでも携わっていたり、関係性があった人は「さぁ、ここからだ」な感じで、全く関わってなく、突然プレスリリース的にこのビジョンと出会った人は「とまどってる」感じ。


見た目のアウトプットだけでは心は動かない?!

デザインされたいいアプトプットがあれば、「見てみよう」とか「面白そう」とか「いい感じじゃん」とか『心が動く』と個人的にはずっと思ってきました。だから、市民の多くに関係がある「行政こそデザインの力を」、A4にパンパンに文字を詰め込んだチラシではなく、情報の整理と優先順位に基づく見た目にもよいアウトプットをと、ずっと模索してきました。

その意味では、今回のビジョンブックは、俺なんかの一地方公務員のレベルじゃないプロが手掛けたもので、大変見た目のいいアウトプットです。ですが、反応や反響は俺がかねがねイメージしてきたのとは、ちょっとズレがあるように感じます。自説が間違っていた感じです。

そのズレを探るべく、最近読んだものの中から、ヒントや参考になりそうなものを、いくつかピックアップしてみます。


同じ行政の明石市 泉元市長から

先だって4月30日に明石市長の任を終えられた泉房穂元市長。子育て施策で超有名ですよね。でも、とあるnoteの記事を読んだら、「条例づくり」もすごかったみたいです、泉元市長。

参考に読ませてもらったnoteはこちら。

いくつもの条例をあらたに制定されたうちの代表的な一つとして、
「すべてのの人が自分らしく生きられるインクルーシブなまちづくり条例
(略称:あかしインクルーシブ条例」

第一条 この条例は、すべての市民が異なる価値観を認め合い、市民一人ひとりの多様性が尊重されることで、誰もが持てる力を発揮できるインクルーシブなまちをつくるために必要な事項を定めることにより、すべての市民が大切にされ、誰一人取り残されることのないインクルーシブ社会を実現することを目的とする。

参考にさせていただたいnoteを一部引用させていただきます。

特筆すべきは、それらの「言葉」が徹底して、条例という形で明文化されていることだろう。つまり、規則や内規のように、市長や役所内部のルールとして作られ、多くの者のあずかり知らぬところで運用される「言葉」ではなく、議会や市民の「言葉」として存在しているのである。

自分の家のように感じる(でも家ではない)|まちは言葉ができている|西本千尋

ふむふむ、なるほど。


作られたMVVは、自分ごとを生まない

"共創型戦略デザインファーム”BIOTOPE 代表の佐宗邦威さんのnote。5/17に発刊されたばかりの『理念経営2.0〜会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』 についてのnote記事から。

これまた、一部引用させていただきます。

パーパス経営というキーワードがバズワードになり、企業理念、いわゆるミッション、ビジョン、バリュー(MVVと呼びます)を策定している会社が劇的に増えました。
BIOTOPEでも、ミッションのデザイン、ビジョンのデザイン、組織文化のデザインなどのテーマで企業と伴走することが増えていく中で、同時に違和感も出てきました。
(中略)
違和感2: 作られたMVVを組織の中で生きたものになっていないのではないか?
→経営陣から動画やツールキットを作って伝えるだけの理念浸透プロジェクトや、TVCMに落としていくようなコーポレートブランディングプロジェクトは、社員の自分ごとを生まない。必要なのは、社員が自分ごとにしていくための、理念の物語を作る仕掛けではないか?

新著『理念経営2.0〜会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』発刊にあたって Part1:どんな本か?


「ストーリー」として

楠木建先生の『ストーリーとしての競争戦略』。こちらからもヒントになりそうな箇所を一部引用させていただきます。

ストーリーの面白さは、戦略の実行にかかわる社内の人々を突き動かす最上のエンジンになります。数字で綴られた静止画の羅列に突き動かされる人がいるでしょうか。
(中略)
ストーリーという道筋を組織のすべての人々が共有し、道筋のついた地図をポケットに入れて、それを見ながら進んでいく。これが私の「戦略を実行する組織」のイメージです。
(中略)
その道筋のついた地図を手に進んでいく人々が、「信じているか、いないか」の問題です。将来はしょせん不確実だけれども、われわれはこの道筋で進んでいこうという明確な意思、これが戦略ストーリーです。ストーリーを語るということは、「こうしよう」という意志の表明にほかなりません。「こうなるだろう」という将来予測ではないのです。
意志表明としてのストーリーが組織の人々に共有されていることは、戦略の実行にとって決定的に重要な意味を持っています。
(中略)
戦略にとって大切なのは、「見える化」よりも「話せる化」です。戦略をストーリーとして物語る。

ストーリーとしての競争戦略』 楠木建著


開かれ・自分ごと・プロセス・物語る

今回の考えたいテーマを直接的に解決するものではないにせよ、それぞれに多くのヒントと示唆をいただけたように感じます。

自分のあずかりしらぬところのものではなく、みんなのものであること。オープンであること。

自分ごと化するための仕掛けが必要であること。

ストーリーであること。「見える化」よりも「話せる化」が大事であること。

今回の一例で取り上げた「ビジョンブック」がオープンでないわけでも、自分ごとの仕掛けがないわけでも、ワクワク話せるものがないわけでも、決してないと思います。

あくまで、方向性と叩き台の土台としてのビジョンブックであって、ここから、まさに地域に暮らす人やその地を訪れたり、楽しんだり、応援する人たちと一緒にアクションを起こしていくんだろうとも思います。

ただ、世の中にその地のまちづくりのビジョンを”初めて”打ち出すタイミングですから、世の中へのインパクトも大きいと思うんです。せっかくのインパクトだし、世間の耳目や興味関心を得られやすい機会をもうちょっとだけ活かして、今後の展開のアナウンスがあったり、ビジョンブックに込めた「想い」も同時に発信したり、簡易なランディングページやSNSが開設されたりして、ワクワクの機運を高めていく「仕掛け」があったら、超いいなぁと個人的には思いました。

今後の展開のアナウンスがあれば、「あぁ、このビジョンをもとに、こういうプロジェクトが展開されていくんだ。その展開のタイミングでは、私たちも参加できるんだぁ」となった人がいるかもしれません。

担当者や関わった人の「想い」を知ることができたら、ビジョンブックへの印象や捉え方ももっと身近に、もっと親近感を持つ人がいるかもしれません。

シンプルなページでもWEBサイトやSNSが開設されたら、その後の展開を知りたくてフォローする人もいるだろうし、「開かれた」プロジェクトだと思う人がいるかもしれません。

いきなりビジョンを見て、とまどった"とまどい派”の数はずっと減っていたかもしれません。

あくまで個人的な感想ですし、私が思いついた例にすぎませんが、こういった自分ごと化してもらうための「仕掛け」づくりというのは、自分がプロジェクトを展開するときには意識していこうと思いました。


とはいえ、いつだって遅すぎることはない。

自分ごと化してもらったり、巻き込こんでいくプロセスや仕掛けが大事なんじゃないか。そのプロセスや仕掛けのデザイン設計もとても大事なんじゃないかと思うようになってきました。

じゃあ、もうその最初の段階が終わってしまったプロジェクトはどうすればいいんだ?プロジェクト自体はこれから始まるのに、その青写真を描く段階で、自分ごと化したり、巻き込むプロセスをしてこなかったプロジェクトは始まる前に、もううまくいかないと言うのか。始まる前に、もううまくいかないと言われるプロジェクトほど悲しいものはないじゃないか。

たしかに、俺がそんなプロジェクトの担当者だったら泣きたくなります。もし仮に巻き込むプロセスなく、プロジェクトが次のフェーズに進んでしまっていたとしても、遅すぎることはないんと思います。もう遅いから、そういった働きかけをしないという方がよくないと思います。どのフェーズだって、いつだって、何度だってビジョンや青写真を語りかけたらどうでしょう?思いを、どうしてこのようなビジョンになったのかを、これまでとこれからの物語を、妄想を、夢を、話したらどうでしょう。発信したらどうでしょう。

場を設けて直接語るもよし、それだけでなく、動画で撮って、SNSやYouTubeで発信もする。プロジェクトの立ち上がりに戻って、みんなを巻き込むことはもう難しくても、いつだって、気がついた時にみんなを巻き込もう、興味関心を持ってもらえるように働きかけることはできます。結果、あまり興味関心を持ってもらえなくても、少なくともトライすることはいつだってできるはずです。

きっと、ビジョンや青写真だけを見せられるより、その裏側にある思いや考えを知ることで、心が動かされる人が増えると思うんです。

考えてみれば、当たり前のことかもしれません。どんなに素晴らしく、どんなに素敵なデザインの資料であっても、紙に印刷された資料だけで、人がワクワクしたり、興味関心を持ったり、ファンになったり、私も一員になって頑張ろうとはなかなかならないですよね。

プロジェクトの思い、正確には、そのプロジェクトを立ち上げたり、関わってきた人の想いや情熱にこそ、人は心を動かされるんだと思います。

プロジェクトの立ち上げ時に多くの人にちょっとでも参加してもらったり、興味関心を持ってもらうことは超大事です。だけど、立ち上げのスタート時だけが、人を巻き込むプロセスの唯一のチャンスではないはずです。いつだって、巻き込める。巻き込もうとチャレンジすることはできる。

そして、その時に大事なことは、プロジェクトに対する思いや熱。だけど、思いや熱をただぶつけるだけではなく、みんなが参加しようかなと思える自分ごと化や巻き込みのプロセスのデザインもちゃんと用意しておく。その時、みんなの手に素敵なビジョンや青写真の資料があれば、サイコーです。

熱→自分ごと化&巻き込みのデザイン→素敵なビジョン。
ストーリー→プロセスのデザイン→アウトプットのデザイン。
この順番で、この3つが揃っていること。もしかしたら、これからのプロジェクトに必要なのは、こんなことかもしれないと、今回書きながら思いました。

プロジェクトの成否というか、どうなったらプロジェクトがもっとステキにもっと面白くなるのかについては、引き続き、機を見て考えていきたいと思います。

お読みいただきありがとうございました。
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