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ネガティブのすゝめ

※非常に質の悪いブラック・ユーモアが含まれていることをご注意ください。
 ネガティブ(ねがてぃぶ 英語:negative):事象を正負二極だけで見立てた際の負の側を指し、対義語はポジティブである。本来は善悪の判断などに使われるものではなく、単にその事象がないという意味を示している状態を指す。否定的な事柄を指して表現することが多い。

 最近は、世の中は何かにつけて前向きな思考を促すようになってきました。ポジティブ・シンキング、ポジティブ・フィードバック、マインドフルネス、自己肯定感、ポジティブ・シフトなどなど・・・。
 なんでも楽観的で前向きに捉え、チャレンジを続けていけば良い結果が生まれ、人生は豊かになるのでしょうか?
 そもそも、ホモ・サピエンスはポジティブな情報よりネガティブな情報に注意を向けやすく、記憶に残りやすい性質があります。さらに、幸福な思い出より辛い経験の方が鮮明に記憶される傾向があります。
 これはネガティビティ・バイアスと呼ばれ、大昔から大自然の中でホモ・サピエンスが生きていくために様々なリスクを勘定する上では大切な能力でした。経験から人間は学びを得る訳ですから、危機的な状態を回避するには、辛く苦しい体験からリスクを推察する必要があります。原始時代は「もし、こうなってしまったら?」が考えられなければ、荒野で無謀で無茶でチャレンジングなことを行い、酷い怪我を負ったり、病気や感染症に罹患していた確率が跳ね上がっていたでしょう。医者もおらず薬もない太古ではそのような行動は即、死に繋がります。
 生きていく上で「起こりうる最も最悪なこと」を考えるのは生存の確率を上げる有効な手段です。過去の自分の行動を事細かく振り返ることができなければ、未来を生きるための学習や工夫には結びつきません。これまでの人類の発展は、リスクマネジメントを行いながら、命をかけたトライアンドエラーを繰り返してきた結果ともいえます。
 雨に打たれ凍える経験をしたからこそ、次の日が雨になるかどうかわからないなら水の確保はともかく早めにシェルターを作るでしょう。飢餓に苦しんだからこそ、この先しばらくは食べるものがないかもしれないから今持っているこの肉はスモークジャーキーにして保存するでしょう。これら予測は生存の可能性を高めることに素直に直結します。
 これは人間関係においても言えることです。ホモ・サピエンスは相手の良い印象はすぐに忘れる傾向がありますが、悪かった印象や不信を抱いた相手への記憶は長期間記憶に残りやすい傾向もあります。自分にとって有害な可能性を秘める人物を記憶することは自己の保存のために必要であることは言うまでもありません。
 つまりは人間は生来ネガティブがデフォルトの動物なのです。それこそがホモ・サピエンスがその辺の動物と一線を画する由来でもあります。否定的な出来事を予想・予測・想像できる地球上で唯一の生物だと言え、これは貴重な能力なのです。ネガティブを日々使わないのは大変な宝の持ち腐れです。

 現代はサバイバルの必要はなく、生命の危険性など全くないため、そんな類人猿時代の修正など不必要とお思いのことでしょう。この日本では余程のことがなければその辺で野垂れ死ぬことはないですし、医療の発達により生存率は高まり最長寿の国と呼ばれるほどになりました。
 しかし、生存率は伸びても幸福度は低下するという不思議な国になってしまいました。それもこれも、人間関係によるストレスが原因でしょう。日本を取り巻く強力な同調圧力と経済格差、複雑化した人間関係の摩耗により安定した心の健康の継続が難しくなったためでしょう。
 この「ストレス社会」により、ホモ・サピエンスは違った意味での危機的な状況の中をサバイバルしなければならないことになりました。やはりいつの時代もサバイバルは必要であり、生き残るための技術が必要なことは言うまでもありません。いつ何時、精神的に八方塞がりの危機的な環境に自らが置かれるかどうかわかりません。
 どこにいても戦場のような精神的負担がかかる社会を生き抜くためには、備え持ったネガティビティ・バイアスを十分に発揮し、鍛えていくことが重要であることは言うまでもありません。否定的な部分をより細かく取り出し、次々に過去の後悔と最悪の未来の予測をしていくことで、必要な対応が常に目の前にあることでしょう。
 そう思うと「常に今を生きろ」など滑稽この上ありません。今は常に過去になり、今は常に未来なのですから。そういえば物理学の分野では、カルロ・ロヴェッリ博士などにより「時間は存在しない」という発想の転換とも言える考え方が出てきました。彼らによると「時間」は存在せず、いくつかのエントロピーの増大の経過が時間のように見えるだけで、時間は誰しもに同じだけ割り当てられた均一なものではないということです。
 はて、そんなはずはありません。思い出してみてください。あれほど残酷にも、時には暖かく時には冷たく起こった過去の出来事たちは存在するはずです。あの時、感情を強く揺り動かされ、後悔を伴った出来事たち、それらは過去という時間の成せるものでしかありません。
 過去の経験から実際に起こり得ない可能性がある事象、起こりうる可能性がある事象を先立って考えることができることで、これまでも人間は成長し、発展してきたのです。是非ともこれからもネガティブに振り返り、予測していきたいものです。

 さあ、ぐるぐると考えてみましょう。ウロボロスの円環のように、出口のない思考の循環を促進しましょう。始めと終わりはひとつです。言い換えれば始めも終わりも存在しません。未来は過去でもあり、過去は未来でもあり、過去から未来が予測でき、未来は過去から作られます。

 例えば、過去のことです。
 あの時にああしていれば、
 あのことが分かっていれば、
 あの一言を言っておけば、
 遠くからあの時の自分に声をかけるとしたら、
 今のまま過去に戻ることができていたら、
 あれを諦めずにやることができたら、
 あれを買わなければ、
 あの時にあれがあれば、

 現在の人類の能力では時間の方向は決して逆にはなりません。後悔を抱えるぐらいなら、やらない方が良いでしょうし、安全を考えるなら、やらない方がいいでしょう。

 例えば、未来のことです。
 今日振られる可能性があるかもしれません。
 誰かに嫌われる可能性があるかもしれません。
 あの人は明日機嫌が悪く、一日中愚痴を聞かされる可能性があるかもしれません。
 事故に遭う可能性があります。
 未来の確率など全く当てになりません。例えば、人間が落雷で死亡する確率は30%ほどで、さらに人が雷に打たれる確率は100万分の1と言われています。可能性はどこまで行ってもゼロにはならず、それは備えていようが考えていなかろうが起こるときには起こるのです。常に備えることで安心がもたらさせれます。考えることをやめない事が肝心です。
 そもそも、疲れないように、辛くならないように、傷つかないようにするには行動しないことが一番なのですが、はてさて、生きている以上はそうもいきません。可能な限り万全を期すためには、あらゆるネガティブな事象をシュミレートし、心の準備と、必要とあらば備えが必要となります。予測できていたかは、結果の受け止め方に非常に大きな影響を与えることでしょう。

 そして、すべてのストレスを生む人間関係はどこまでいっても集団に存在する以上付きまとうでしょう。なぜなら、他人は信用できないからです。他人は、どこまで行っても他人で、どれだけ言葉を尽くしても交わることはありません。理解し合うことは不可能です。なんなら下手をしなくても、親兄弟すら信用できません。人間の関係性も本来ネガティブなのです。
 例えば荀子は「人間の本性は悪であり、たゆみない努力・修養によって善の状態に達する」と唱えました。どう考えても世の中の人間全てがたゆみない努力をしているとは到底思えません。ということは、自分の周りの人間のほとんどは悪である可能性が高く、信用には足らず、傷つけられたり、騙されたり、見放されてたりすることは容易に考えつく未来です。所詮は他人、どれだけ言葉を尽くしても、分かり合えず、傷つけ合うものです。それはやはり、人の本質が悪だからでしょう。
 例えばショーペンハウアーは「悲しみのほぼ全ては他人との関係から生まれる」と説いています。元来人間はネガティブなのですから、ネガティブな感情が他人との軋轢の間で生まれるのも当然でしょう。近しい人間が死ねば悲しみが生まれますが、自分が死んでも他人が悲しんでいるかどうかなど分かりません。他人から離れてしまえばこれらの悲しみも遠のくでしょう。
 自然を相手にしていればあまりにも強大で自分の力ではどうにもならない事は思い知らされますでしょうが、なぜだか人間の関係性は情熱や努力で何とかなると思っている人も多いでしょう。しかし、人の感情などコントロールできません。自分の感情すらコントロールできないのですから、何かを期待するだけ徒労に終わることでしょう。
 はたまた自分は悪ではない、と主張される方も多いでしょうが、とんでもない。自分が、とか誰が、ではなく全ては悪なのです。数々の歴史が物語っていますが、ホモ・サピエンスは生来悪だからこそ、その生き方を道徳や規範や法に委ねました。何かに支配されないとどこまででも堕ちるからでしょう。
 つまりは、ホモ・サピエンスはネガティブで不安定で、悪に満ちたものです。そして、辛く悲しい事象は他人からもたらされます。それらを回避するためには、何もしないことが一番なのですが、それも叶わない時こそ、本来の原始的才能「ネガティブ」存分にを振るうべきでしょう。常に最悪と最低を考え続け、対処し続けるのです。


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