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ワクチン二回目以来、熱やら頭痛やらで完全ダウンしてます。更新まで時間あくかも。
今日はグレアムの命日です
1989年10月4日はグレアムチャップマンの命日です。48歳でした。喉頭がんを発症し、そのがんが身体中に転移。晩年は車いす生活だったそうです。
亡くなる10年ほど前の1978年に重度のアルコール依存症を克服し、自分で映画を作ったりドラマシリーズを旦那さんのデイヴィッドさんと一緒に製作したりして、やっと人生が落ち着き始めた矢先のことだったように思います。
自身も医者であるグレアムは、死期が迫る中
6 噓つき自伝 グレアムチャップマン
1968年、ハムステッドにて。(ほんとは1969年、ベルサイズパークにて。でもハムステッドのほうがいい感じだから。1968年だってわざわざ嘘つく理由は特にない。)
20世紀も半ばを過ぎ、誰もがゲイか黒人か薬物中毒になっていた頃、ウォーリック大学の英語の必修クラスで、僕は関係詞節の穴埋め問題に手こずっていた。この時期を表現するために僕は「トレンディ」という言葉を造り上げた。(普通によく使われている「
5 嘘つき自伝 グレアムチャップマン
第一章
☆第一章はグレアムが産まれるところから始まります。人の生い立ちや幼少期の話って退屈なことが多くて、グレアムも書きながら「zzzzz…..」って寝ちゃってます。
原文には注釈にも細かいネタが怒涛の勢いで盛り込まれてて、全てはとても訳し切れないし訳すと面白みが減っちゃいそうなので、ここでは日本語訳の文として読んで面白そうなエピソードを抜粋して紹介しようと思います。
またこれ、パイソンズで一番
4 嘘つき自伝 グレアムチャップマン
聖アルバー病院の設備や現代的な入院病棟は、おそらく部分的に見て言えばこの国一番のクオリティであると言えただろう。でも僕が送られたのはその綺麗な部分のどこでもない、よくある典型的な大きい病院といった感じの治療のための病棟だった。薄汚い廊下に、人が溢れる病室、サボってる看護師、ホガースの絵みたいな狂乱状態の入院患者、ペダルをこいで自家発電しなきゃ見れないテレビ…。
~中略~ ☆そんなこんなで病院に
3嘘つき自伝 グレアムチャップマン
重苦しい布団を蹴とばし、床に足をついて立ち上がった。なにか支えになるようなものに掴まったりもたれたりしながらゆっくりと着替えて、よろめきながら部屋の中を歩いた。カーテンをしっかりと閉める。これでレーザービームも消え去った。僕以外なにも動くものがないこの部屋の中…気分もだいぶマシだ。パイプを拾い上げ、火を灯す。この至って単純で機械的な動作が僕に自信を持たせてくれる。自分で自分を制御できてる。コント
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前章
1977年12月26日、午前11時
もう少しの辛抱だ。今回は寒い時期にやってみた。禁断症状を和らげる薬も使わない。冷や汗と震えばかりの眠れない夜。いや、もしかしたら今本当は眠っていて、眠れない夢を見ているだけなのかもしれない。だとしたら今は眠れてる。寝返りを打ち、枕を叩いて形を直す。これで少しは楽になるはず。つま先とすねが痺れてる。感覚があるか確かめるために、まず片っぽの脚でもう片方を触
1嘘つき自伝 グレアムチャップマン
グレアム自伝をちょこちょこ訳します。自分がウワー!ってなった箇所だけ抜粋して訳すかも。まずは冒頭箇所です。デイヴィッドシャーロック氏はグレアムと同棲し人生を共にした恋人です。どこをダグラスアダムスが書いたのかとか知りたいけど、何の手掛かりも無しです。でも結局ほとんどはグレが自分で書いたんじゃないかな?とオタクは勝手に思っている。そして出てくるエピソードにも嘘はそこまで無いと思っている。わからん、グ
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