小学生のころ、水泳の授業が何よりも嫌いだった。

なにせ金槌なのである。
すいすいと25メートルを苦もなく泳ぎ切る同級生を尻目に、私にできることといえば、せいぜいプールの縁に捕まってバタ足の練習をするか、ビート板に捕まって浮いた気になるくらい。楽しくもなんともない。

とにかく、息継ぎができない。
水の中に顔突っ込んでおいて、手足動かしながら水を吸わずに空気だけ吸うなんて不可能では？　なんでみんなあんなに苦もなく息を吸いながら水の中を進んでいくのだろうか。
私には人と違ってその能力が身についていないんだと諦め、ひたすら授業が終わるのを待つ時間を過ごすのが常だった。

当然だが、中学に上がってからも水泳の授業と縁は切れない。しかもまさかの屋内プール。天候や気温に全く左右されず、体育が水泳と決まればその期間はひたすら泳がされる（泳げないけど）。

そうなってくると、さすがに縁に捕まって足バタバタだけでは、飽きる。しかも中学生ともなれば泳げない生徒はかなり減っており、1mも動かずプールの隅に2時間もいるのは、なかなか肩身が狭い。つらい。

そこでついに、やってみよう、と思った。

できないけど、見様見真似で。みんながやっている息継ぎとやらをしつつ、少しだけでも進んでみよう。

水面に顔をつけて、壁を蹴る。
進んだ先で、手を回し、顔を上げる。
うわっ、なんだこれ、やっぱ苦しいじゃん、命がけじゃん。あっでも進む。これ繰り返すの？　あれっでも進みはする。

体力がないので、ほんの少し進んだだけで限界を迎えた。25mなんて到底無理。でも、自分には絶対に無理だと思っていた「息継ぎをして前に進む」ことに成功し、私は激しいショックを受けた。

え、もしかしてみんなこんな苦しい思いして泳いでるの？
もちろん練習するにつれて、慣れたりちゃんとしたフォームが身についたりして楽になったりはするのだろうけど、

根本的にはこんなふうに必死で息継ぎしてるの？　苦もなくすいすい進んでるわけじゃなくて、それが正解だったの？

そうか、

「みんなが楽にできていることが、私にはできない」じゃなくて、
「みんながそれなりにしている苦労を、私は端から諦めていた」のか。

それは、中学生の私にとって、かなりの衝撃だった。

あれからもう10年以上が経つ。
いろいろな人と会い、仲を深め、ときに別れ、それなりに人生経験を積んでいく中で、
あのときの水泳の感覚をふと思い出すことがある。

人生もそんなもんだよな、と。

傍からみていると、みんなすいすい人生を楽しんでいるように見える。
気づいたら友達ができて、何でも話せる親友もいて、人生を分かち合うパートナーに出会って結婚して、職場でもそれなりに楽しく仕事して。
いいな、苦もなく当たり前の人生を歩める人は。そんなことを思ったりしていた。

でも人と話して、ぶつかって、無力感に苛まれたり、ときに怒られたり、突き放されたりしながら、少しずつ気づく。

違うんだよ。
何もしなくても友だちができたりはしないし、
なんとなくたまにつるんでるからって親友になれるわけでもないし。

ある日突然両思いになれる恋人が空から降ってきたりはしないし、
恋人になったからといって、ただ単に付き合ってる期間を延ばしていくだけで唯一無二のパートナーになれるわけではないし。

なんとなく就いた仕事を、続けていれば好きになれるかっていうとそうとも限らないし、
評価されたいなら実直に頑張るだけでは足りなかったりするし。

人との関係性も、コミュニティでの居場所も、ある程度以上に行こうとするなら、努力しないと築けない。築いた関係性はそれなりにメンテナンスしないと風化していく。多少苦しくても先を見据えたときに今やらなければならないことがあるときもある。

必死の息継ぎがあるから前に進めるみたいに、苦しかったり面倒だったりしても、心や頭を動かしたり、行動に移したりすることを怠らずにいるから、みんな傍から見たら人生順風満帆じゃんって思えるような生活を送ってるんだよな。

そういうの、遅ればせながらだんだんわかってきた。

今までまともにそうしたことに気づけなかった自分は、どうやら水泳の息継ぎと同じく、人生を泳いでいくのもかなり苦手らしい。フォームもガタガタで息絶え絶えだ。

なかなか苦しいし、必死。面倒になって全部投げちゃいたくなることもある。
あるけどさ、多分そうやって生きていくしかないんだよな。

そうやって、生きていくしかないんだよなあ。

おまけ

Q.人生も水泳もそんなに大変なもんじゃないと思うよ？(´・ω・｀)
A.あなたはたぶん、生まれつき綺麗なフォームで泳げるタイプ。羨ましい、私もそんなふうに生まれたかったよ(´・ω・｀)

Q.私もそういうの苦手だけど、意識したことないし、欲しいものが降ってくる順風満帆な人生送ってるよ？
A.人を惹きつける魅力も才能です。あなたの周りにいる人はあなたのためなら苦しい息継ぎも厭わないのかもしれない。幸せに生きて。

Q.僕もそれ苦手、どうすればいいですか？
A.仲間。なんとか強く生きていこうな。