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35-2.日本の子どもに“安心”を届ける

(特集:心理職の未来を創る)

松丸未来(東京認知行動療法センター/スクールカウンセラー)
下山晴彦(臨床心理iNEXT代表/跡見女子大学教授/東京大学名誉教授)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.35-2

<ご案内中の研修会>

“安心ゲット”プログラム
―オンラインで最新の心理教育授業を実践しようー


日程:2023年3月26日(日曜) 9時〜12時

■第1部 プログラムの解説
1)プログラムができるまで     下山晴彦
2)プログラムのコンテンツ紹介   松丸未来・中山美保

■第2部 ワークショップ
3)オンラインプログラムの進め方  中山美保・松丸未来
4)オンラインプログラム体験学習  松丸未来・中山美保・下山晴彦

【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](無料):https://select-type.com/ev/?ev=C2MbsZIFhdU
[iNEXT有料会員以外・一般](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=DvZP-wKuY7A
[オンデマンド視聴のみ](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=Tayl7OXNWdQ

【参加費】『臨床心理iNEXT』新装開店セールでiNEXT有料会員は無料、それ以外の参加者は1000円で参加できます。

松丸未来先生

1.安心ゲット”プログラム講習会へのお誘い

今回は、3月26日に開催される“安心ゲット”プログラム講習会に向けて、プログラムの開発者であり、実践者である松丸未来先生にインタビューをしました。松丸先生は、日本における子ども認知行動療法の第一人者であり、スクールカウンセリングのエキスパートです。

松丸先生は、子どもや若者のための認知行動療法の専門書籍※1)を出版しているだけでなく、認知行動療法に基づく一般的ガイドブックや絵本※2)も出版されています。
※1) https://booklog.jp/author/松丸未来?amp

※2)https://www.amazon.co.jp/本-松丸未来/s?rh=n%3A465392%2Cp_27%3A松丸未来

“安心ゲット”プログラムには、日本の子どもに安心を届けるヒントとツールが満載です。

スクールカウンセリングだけでなく、児童相談所や心理教育相談室、適応指導教室など、子どもや若者の心理支援の現場で使えるアイデア満載です。スクールカウンセラーだけでなく、子どもや若者の支援に関わる多くの皆様に、ぜひ “安心ゲット”プログラムの講習会にご参加いただきたく思っております。

松丸先生へのインタビューは、臨床心理iNEXT代表の下山晴彦と、跡見学園女子大学の下山研究室の修士課程2名が担当しました。以下に、インタビューの記録を掲載します。


2.「安心ゲット」とは何か?

―「安心ゲット」をネットで検索すると、安心ゲット絵本※)が1番検索にヒットします。安心ゲットプログラムとその絵本との関係はどうなっていますか。
※)https://www.holp-pub.co.jp/book/b570699.html
 
[松丸]安心ゲットの絵本は、幼稚園や小学生低学年向けの安心をお届けするための絵本です。幼児期の子どもが絵本の読み聞かせを通して、楽しみながら認知行動療法の方法に基づいて安心を得る方法を学べるようになっています。それに対して、“安心ゲット”プログラムは、小学校3年生ぐらいから、中学3年生くらいまでの児動期、思春期の子どもたちを対象としたものです。学校の一斉授業の中で児童生徒に提供していくっていうツールになります。
 
安心ゲットの発想は、元々は東日本大震災で被災をし、トラウマを受けた子どもたちの支援から始まりました。当初は、欧米のトラウマ対策プログラムに基づいて、不安を乗り越えることを目的としたプログラムとしてスタートしました。しかし、日本の子どもたちに実施してみたところ、不安に直面させ、それを克服することを前提とする欧米のプログラムは適していないことが明らかになりました。日本では、親も子も不安を回避する傾向が強かったからです。
 
そこで、「不安を認めてもいいんだよ」、「不安を受け入れてもいいんだよ」ということの共有をスタート台にするプログラムの必要性を認識しました。さらに言えば、日本では「不安を乗り越えよう」では“怖さ”が出てきてしまいます。逆に「安心を作っていこうよ」、「安心な気持ちを大事にしようよ」、「不安も受け入れて安心な気持ちになっていこうよ」というメッセージが日本の文化に即した不安への向き合い方であるという認識に変わりました。


3.“安心ゲット”プログラムを作った理由

[松丸]日本では、安心を確保できないと逃げてしまう、避けてしまう傾向が強いのですね。「安心ゲット」というのは、そのような認識から命名しました。“日本の子どもたちに不安と上手に付き合ってほしい”という願いが、そこにこもっているのです。その願いを多くの人と共有したいのでデジタル化したり絵本にしたりしたのです。
 
―なるほど。「安心ゲット」に込められた意味がわかりました。では、松丸先生が“安心ゲット”プログラムを作ろうと思ったきっかけをお話しいただけますか。
 
[松丸]私は、スクールカウンセラーを長年やってきました。その経験の中で、ただ問題に対処するだけの相談活動だけでは、不十分と思うようになりました。それが、安心ゲットを作るきっかけになっています。もちろん悩んでる子たちの話を聞いて一緒に考えていくことは重要です。しかし、元気で健康な子たちもたくさんいます。その子たちがこれから豊かに生きていけるようになって欲しいという思いがありました。
 
でも、よく言う予防教育では不十分だと思いました。問題を予防するというのは、受身的ですね。それよりも、この子たちが健康的に豊かな人生を歩んでいくために何かできないかという思いがあり、それを実現するために“安心ゲット“プログラムを作りたいと思ったということがあります。


4.“安心ゲット”プログラムの特徴は?

―世の中には、たくさんの心理教育プログラムがあります。その中で“安心ゲット”プログラムのウリは、どのような特徴ですか?
 
[松丸]3つあります。1つは、不安とうまく付き合い、安心を得る方法を学ぶことができるコンテンツです。最初に「不安は誰でもある感情だ」ということを子どもに伝えます。「心配や緊張を感じてもいいんだよ」と伝えて、不安を抱える自分を受け入れて、少しでも安心してもらえることから始めます。単に不安に対処するスキルを教えるというものではないのです。まずは不安を持つ自分を許すことから始めて、最終的には自分の力で安心できるようになるようになることを目指したプログラムとなっています。これは、不安を避ける傾向が強い日本の子どもの特徴に合わせてプログラムを改定した結果です。
 
2つ目は、効果が実証されている認知行動療法の方法に基づいてプログラム開発しているという特徴があります。たくさんの認知行動療法の方法を、子どもたちが楽しみながら体験的に学ぶことができるように工夫されています。認知行動療法を日本の子どもに適した内容と学び方に修正して用いています。この“安心ゲット”プログラムについては、日本の学校で実践するとともに効果研究において有効な結果を得ています。
 
3つ目は、動画を含むデジタル教材を用いていることです。デジタル教材はオンラインでダウンロードできるようになっています。デジタル教材を活用することで、ただスクールカウンセラーが授業するというだけでなく、子どもがコンテンツのストーリーを楽しみながら不安に取り組む方法に馴染める工夫がなされています。デジタルコンテンツには、子どもたちを指導する博士と3人の子どもたちが登場します。
 
プログラムを受ける子どもたちが、その4人の登場人物と一緒に成長できるようにストーリーが構成されています。そのように子どもたちが、楽しみながら不安との付き合い方を学び、さらに安心を得る自信がつくための、たくさんの工夫が組み込まれています。


5.“安心ゲット”プログラムのコンテンツとは?

―“安心ゲット”プログラムは、一方的にスキルを教えるのではなく、物語を楽しみながら不安を受け入れて、不安とどう付き合うかを学んでいくための心理教育プログラムなんですね。そのストーリー仕立てのコンテンツは、研修会で詳しくお話をいただくことになるかと思いますが、事前に少し教えていただけますか。
 
[松丸]プログラムは、授業時間を3回使う構成になっています。最初の1回目の授業では、「気持ちと身体の状態のつながり」に焦点を当てます。2回目は「考えと気持ち」に焦点を当て、3回目は「行動と気持ち」に焦点を当てています。その3回を通して、子どもたちは、どう不安とうまく付き合うかのテクニックを学んでいきます。
 
ただし、スクールカウンセラーが、ただ単に学科授業のようにテクニックを教えるだけでは、味も素っ気もないですね。そこで子どもの心理的問題の第1人者である「シン博士」が、スクールカウンセラーの助っ人として登場します。最初の登場場面で、シン博士は「子どもが大好きな、世界的に有名な心理学者」として登場するんです。シン博士は、スクールカウンセラーと一緒に子どもたちをリードする存在になります。
 
そして、3人の子どもが登場します。「ゲンキくん」、「ユウキくん」、「ヒナちゃん」の3人です。「ゲンキくん」は、以前は不安が強かったけれども、この安心ゲットプログラムを一通り受けて、今は元気になっている」という想定です。「ユウキくん」と「ヒナちゃん」は、いろんなことがあって今不安になっているという設定です。このようなメンバーが、クラスで授業を受けている子どもたちと一緒に安心ゲットを受けて、安心できるようになっていく、そういう成長のストーリーになっています。


6.“安心ゲット”プログラムを実践しての手応えは?

―なるほど。子どもが喜んで取り組むように工夫されていますね。松丸先生は、これまで何回も日本の小学校や中学校で実践をしてきてるわけですね。ご自身だけで実践しただけでなく、学校の先生と組んで一緒に実践したりと、いろんな形でやっていると聞いています。実践してみての手応えはいかがですか。
 
[松丸]学校の先生方の受けはすごくいいですね。ただ、学校の先生だけで実施するのはハードルが高いとのことです。だから、これをスクールカウンセラーがやってくれるならば、ぜひ実施して欲しいというのが多くの先生方の要望です。3回ならば、総合的学習の時間などを使って実施してみたいとのことです。先生方のニーズとは一致していますね。
 
子どもたちの反応もとても良いですね。何が始まるんだろうと、わくわく楽しみにしてくれます。普段授業しないスクールカウンセラーが来て、これから何すんのみたいな感じですね。しかも、シン博士が出てきて、子どもたちに話しかけます。すると、子どもたちは、「あれ、黒板使って話すだけじゃないんだ!」という表情で、興味津々という感じですね。


7.小学生と中学生の反応の違い

あと、小学校でやるのと、中学校でやるのでは、子どもたちの捉え方が違うところがあります。小学校では、「言ったことを、そのままやってみよう」というリードの仕方で、子どもたちは、素直に吸収する。それに対して中学校では、一方的にスクールカンセラーがリードするのではダメですね。中学生は、「自分って一体何者なんだろう」といったところで迷っている。「あの人と比べてすごく自信失っちゃった」とか、「私ってなんでもできるかも」というように、自分探しをしている段階です。だから、人から教えられるのは好きではないという感じです。させられるというのも好きではない。「これやってください」と言っても、あんまり素直に受け入れてくれる感じはない。
 
むしろ、中学生の気持ちを想像しながら、「誰でも不安になることはあるよね」、「私も不安になるよ」、「不安になるってことは、誰にとってもありなんだよ」と、上からものを言うのではなく、ちょっと人生の先輩として斜め上ぐらいから子どもたちに語りかけるように話しかけるのが良いと思います。あとは、シン博士が色々説明してくれるので、私はあくまでもシン博士のサポーターという立場で授業を進めていくようにします。
 
そして、この授業は、答えに合っているとか間違っているとかを問うものではないことを伝えます。「正解不正解といったこととは関係ない授業だから、みんなの意見がそれぞれ尊重されるよ」と丁寧に伝えながら、安心できる環境を作っていくことが、中学生に受け入れられるかのミソかなと思っています。


8.子どもたちが安心できる雰囲気を作る

―「子どもたちが自分って何者だろうか」とか、「友達とどうやっていけばいいのか」と悩むことで不安になってるのが中学生ですね。上から教えるのではなくて、「そういうことは誰でもあるよ。誰でも不安になるよ。そういう時に、このプログラムで経験することが役立つよ。使ってみたらいいと思うよ」と話しかけていくんですね。
 
[松丸]それを押し付けるのではなく、それぞれの子どもの違いを尊重し、子どもたちが安心して受け止めることができるような雰囲気を作っていくのが大切ですね。例えば、3回目の授業では、「誰かに不安を話したくない理由はあるかな」ということをグループに分かれて話し合ってもらうことがあります。そうすると、「迷惑をかけたくない」とか、「心配されたくない」とか、「親には絶対知られたくない」とかの意見が出てくる。それだけでなく、何も意見を言わない子もいます。そういう何も言いたくない子も含めて、1人1人の子どもの意見が全部大切という雰囲気を作っていく。それが中学生で安心ゲットプログラムを実施するコツであると思います。
 
―中学校で“安心ゲット”プログラムを実施する際は、教えるのではなくて、それをきっかけとして自分の意見を尊重される経験をしてもらうことが大切ということですね。不安の向き合い方や意識の仕方は、人それぞれ色々あってもいいんだという感じですか。
 
[松丸]そうですね。あの子どもの中から出てくる意見を大事にしたいと思う。私が一方的に、「これがいいよ」と言うのではなく、子どもたちから出てきた意見を「すごい発見だね」と受け止めて、それをみんなのレパートリーに入れていく。中学生は、色々と考えられるようになっているので、それを引き出して汲み取って授業に取り入れていく。そのような雰囲気作りを大切にしていますね。


9.デジタル教材を活用する

―“安心ゲット”プログラムは、“安心できる環境を作ること”が特徴なのですね。多くの心理教育プログラムは、ただ教えるだけで、受講者は受け身に学ぶイメージがあった。そうではなく、安心ゲットは、、“子どもが意見を出す環境を作る”、そして“この子どもが出す意見を大切にする”という相互性が中心になっていると思います。その安心できる環境を作るために、ファシリテーターとしてどのようなことを意識し、大事にすべきなのかを教えてください。
 
[松丸]毎回の授業の最初に、簡単なお約束を参加した子どもたちに伝える。それは、「みんなの考えや気持ちも、どれも大切なんだよ。どれが正解でどれが間違いということはないんだよ」ということと、「この授業はみんなで一緒に作っていきたい」ということです。日本では、心理職が教えて、子どもは受け身で聞くということになりやすい。心理職も子どもも相互的な対話で授業を創っていくことが苦手です。だからこそ、安心ゲットプログラムは、子どもたちからの意見を聞きながら一緒に作っていくことを重視してる。
 
それを可能とするために、デジタルの画像や動画を使っているのです。デジタル画像や動画があるので、一緒に画像を見ながら、余裕を持って子どもたちと対話ができる仕組みにもなってる。コンテンツの内容だけじゃなくて、まさに環境が安心できるようになっているのです。それは、デジタル教材を利用するすごいメリットですね。デジタルコンテンツがあるから、子どもだけでなく、心理職も安心できる環境に入っていけるのですね。


10.“安心ゲット”プログラムの研修会に向けて

―最後に、3月26日の研修会は、どのような内容になるのでしょうか。
 
[松丸]まずは、“安心ゲット”プログラムについて、皆さんが机上の空論ではなく、「これだったら自分でも楽しんでできる」という気持ちになってもらいたいと思っています。ですので、解説だけでなく、ぜひ参加者の皆さんには小学生や中学生になって授業を受ける気持ちで受講してもらえたらと思っています。「こういう授業なら自分もファシリテーターとしてやってみたい!」と、興味を持ってもらえるようにデモンストレーションをする内容を考えています。
 
―参加者の皆さんには中学生とか小学生になった気持ちで受けてもらい、「自分がやるならば、このようにするけど」といった経験をしてもらえれば良いのですね。

■記事制作 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)

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臨床心理マガジン iNEXT 第35号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.35

◇編集長・発行人:下山晴彦

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