食べることは生きること~映画『あしやのきゅうしょく』~

元気が出て幸せになり、そして何より、お腹が空く。

『あしやのきゅうしょく』(白羽弥仁監督、2022年。以下、本作)は、そんな映画である。

「兵庫県芦屋市市制80周年記念」として製作された本作は、それ故ネガティブなことが起こらない、爽やかでハートウォーミングな物語である。
そんな本作こそ、心が重くなるようなことで溢れかえった今を生きる我々にとって最も必要な映画ではないだろうか。

タイトルが物語るように、ストーリーはとてもシンプルだ。

芦屋の小学校に勤め始めた新任の栄養士・野々村菜々(松田るか)が、様々な事情を抱えた児童たちのために、日々の献立作りに励む。
人間関係や児童間の問題や葛藤は全くなく、主人公・菜々の成長を促すための「障壁」は、「全ての児童に美味しくて栄養のある給食を笑顔で食べてもらいたい」という一点に絞られている。
そのため、子どもから年配の方まで、終始リラックスして物語に身を委ねられる(この種の映画は、子ども向けアニメ以外では、ありそうでなかなかない)。
菜々は様々な障壁を、前任のベテラン栄養士の立山(秋野暢子)やその甥である今村(石田卓也。登場こそ不穏だが実は熱血という青春ドラマ的人物)の助けを借りながら超えてゆく。

「爽やかでハートウォーミングな物語」とはいえ、その障壁は、簡単には超えられない厳しいものだ。

50歳を超えた私(独身・子なし)にとって、給食シーンは、自身の記憶とは隔世を禁じ得ないほど衝撃的であり、まさに「進化」と言えるのだが、一方でその進化が障壁ともなってしまう。

児童それぞれで異なる食物アレルギーに対応して各々別メニューを用意し、宗教上食べ物に制限がある児童にもしっかり対応する。生命やアイデンティティに直結する繊細な問題だけに、真摯に対応していく必要がある。
それらに対処しながら、栄養のバランスを考えつつ、少しでも児童たちが喜びそうなメニューを考え、毎日毎日、時間までにちゃんと児童全員分の給食を準備する。
もちろん、それらの巨大な壁となる「コスト」とも上手に折り合いをつけなければならない。

それらの障壁に、菜々は「何より児童たちのために」と真摯に立ち向かう。時には食材の納入業者に直談判する。
業者の方々も、菜々の要求に応えようとしてくれる。
全ては子どもたちの成長のため、子どもたちの笑顔のため。
そう、世界中の大人たちは、何より子どもたちのことを考えてくれているのだ!

そんな大人たちに支えられた児童たちの給食シーンでの笑顔は、本作のテーマでもある『食べることは生きること』をストレートに表現している。

とにかく、本作に登場する給食がどれもこれも美味しそうだ。
パンフレットには、本作に登場する給食メニューの一部がレシピ付きで紹介されている。そのうち2つが、本作用に白羽監督自ら考案したもので、その後、実際に芦屋市の給食メニューとして採用されたそう。

給食とそれを食べる児童たちの笑顔で、我々大人も幸せになれる本作だが、「子ども向けメニュー」では少々物足りないかも……という心配は無用だ。
ちゃんと「大人向け」の調味料として、程よく甘酸っぱい「恋」なんてものも、(ほんの少しだけれど)振り掛けられている。
だから本作は、子どもから年配まで、美味しくいただける映画なのである。

本作の給食を観てお腹が空いたら、ぜひ美味しいものを食べて帰ろう。
本作の感想を話しながら食べれば、より一層美味しくなるはずだ。
そう、『食べることは生きること』なのである。


メモ

映画『あしやのきゅうしょく』
2022年3月5日。@新宿武蔵野館(初日舞台挨拶あり)

初日舞台挨拶で秋野暢子さんが、しきりに「脱脂粉乳」の話をしていた。
あまりの不味さのせいで『今でも牛乳が飲めない』のだそうだ。

昭和45(1970)年生まれの私が小学校へ入学した時には、ちゃんとした(?)牛乳だった。
パンフレットに掲載された「給食の歴史」によると、ミルク給食の全面実施が推進されたのが昭和37(1962)年らしい。
私が小学校へ入学した昭和51(1976)年に『学校給食に米飯が正式に導入』。

私はほぼ「団塊ジュニア世代」で、当時は児童数が多く、毎年のように校舎が増築されていた記憶があるのだが、私の卒業後、児童数は徐々に減少していった。
その結果、昭和63(1988)年に『児童生徒の減少により生ずる余剰教室等をランチルームに改修する事業への助成金が文部省に予算化』され、かつては「給食センター」などで一括集中して作られていた給食が、本作のように各学校内で作られるようになったらしい。

本作の主人公・菜々のような「栄養教諭制度」がスタートしたのが、平成17(2005)年。
意外だったのが、本作にも登場する「食物アレルギー対応」への協議が始まったのが平成25(2013)年で、文部科学省から「学校給食における食物アレルギー対応指針」が発行されたのが平成27(2015)年だということ。
つい最近まで、食物アレルギーを持つ児童たちは、とても辛い思いをしていたのだ。
そして近年は、本作にも登場するような「ヴィーガン」への対応が始まっている。

「多様性」って、こういうことに一つ一つ丁寧に向き合って、真摯に対応していくことなんじゃないか。そして、それが「真の教育」に繋がるんじゃないか、と私は(独身・子なしの立場でおこがましいのは承知しているが)思うのである。


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