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猟師が頂く山の恵み


出猟2週間目

山へ猟に出始めて2週間が経った頃、少し飽きが生じてきた。
わな猟は、仕掛けた後は見回り以外、基本やることがない。見回りの時に、わながズレていたら直す程度で、銃猟のような獲物を待つ緊張感がない。

幸い熊すら出ない地域のため、見回りに慣れてくると、ハイキング気分すら抜けて只の散歩である。当初は、夫と二人で見回りをしていたが、次第に夫より帰りが早い私が、日が暮れる前の夕方に、一人山へ見回りに行くことが増えた。

決して猪の痕跡が無いわけではない。毎回、何かしらの新しい痕跡がある。
足跡、すり跡、泥・・・・。確実にいるはずなのに、我々の罠には、そうやすやすとは、掛からないのである。

猪のズリ跡

山に落ちてる食べ物

獲物が捕れない虚しさが募る一方、山の行き帰りの道すがらには、菜の花が咲き出した。温暖化で早まる春の足音。どうにもこうにも目に飛び込んでくる菜の花を少しばかり摘んで帰ることにした。

「今日の収穫です」
帰宅した夫に見回りの報告と菜の花を差し出す。

実は、私がその辺に落ちている菜の花を拾って帰るのは、今に始まったことではなかった。河川敷に咲いている菜の花を摘んで食卓に出した事があったが、夫は「犬のしょんべんが付いているかもしれない菜の花」と揶揄した。そして、一切食べることはなかった。(ちなみに、私の母にも差し出したら夫と同じことを言われた)

だが、山の菜の花は嬉しそうに食べた。塩でサッと茹でた菜の花のおひたし。醤油をかけて、時に辛子を合わせて。これが想像以上の美味しさだった。

スーパーの菜の花でもない。
河川敷の採れたてでもない。
その山の土地を感じる。
山の湧き水が沁み込んだ菜の花は格別だった。

そして私は、見回りの後に菜の花を摘んで帰るのが日課になった。むしろ、菜の花が目的になっている自分がいた。

ウキウキで菜の花を摘む

拡大するアーバン猪

私と夫が菜の花で舌鼓を打っている頃、巷では獣害被害が頻発していた。
我々が住む茨城県内においても、これまでとは違うアーバン化した猪の情報だった。

アーバン=都市型

里山に現れ畑に被害をもたらしていたはずの鳥獣たちは、次第に都市部へと移動をしているというのだ。茨城県は、田畑が大部分の面積を占める田舎だが、県内でも都市部としてのイメージが強い”研究学園と古河の駅周辺”に猪が出現したというのだ。

これは非常に驚きのニュースだった。我々の罠には掛かる気配すらないのに、あのような車と人が多い都市に出没するというのは、全く人間を恐れていないという証拠なのではなかろうか?

山で食べ物を探す私と都会で食べ物を探す猪。
皮肉な擦れ違いの生活に、太田裕美の木綿のハンカチーフが頭に鳴り響いた。

都会の絵具に染まらないで帰って・・・


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