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自分と違う価値観や考えを受け入れられないのはなぜ?

こんにちは!
鈴木綾恵です。


昨日、楽しみにしていた
アリ・アスター監督の
【ボーはおそれている】を
パートナーと一緒に観に行ってきたんです。


(映画の内容には深く触れないので
ネタバレなしです。ご安心ください^^)


それでお互い感想や
気づいたことを話し合っていたのですが、


パートナーとわたしとで
もちろん、感じたことや気づきが
全然違ったりしたんですね。


そのやりとりの中で
ふと気づきがあったので、


今回は
【自分と違う価値観や考えを
受け入れられないのなぜ?】

というお話をしてみようかと思います。


よかったらお付き合いいただけたら嬉しいです^^



わたしに比べたらパートナーは
特別映画が好き!というわけでは
ないのですが、


声をかけてみたら
一緒に行くということで
2人で見に行ったんですね。


パートナーはわたしが
思っていたよりも
映画を楽しんでくれていたようで、


見終わったあとは
「あれはどういう意味だったの?」
「これがこうなのかと思った!」とか
感想や考えを話し合っていたんです。


それで当たり前っちゃ当たり前ですが、
パートナーとわたしで
解釈が違ったり気になった部分が
違ったりしたんですよね。


それでパートナーの話を聞いている中で


(う〜ん…パートナーの言う通り
本当にそうだったかなぁ…?)
(なーんか、違う気がするなあ…)


と感じてしまっていたんです。


パートナーが感じたことは
パートナーだけの大事な感覚な
はずですし、


そもそも、わたしが
映画を作った人たちの意図を
完全に理解できるわけがないはずなのに


違う気がする…なんて感じるのは
全然お門違いだとハッとしたんですね。


でもそんなところまで考えが
及んでいながらも


なぜ、パートナーの感じたことを
違うとジャッジしてしまったのか…


それは
相手の価値観や考えを受け入れてしまうと
自分がなくなるような
自分を否定してしまう気がして怖かった…
ように思うんです。


というのも
わたしのそういうところは
父にとてもそっくりでして、


父はよく
「言い返された時点で負け」
ということをよく言っていました。


そんな父に1を言おうものなら
100ぐらいに膨れ上がって返ってきて


父と話す度に
「また全然こっちの話を聞いてくれなかった…」
「結局父の話を聞いて終わってしまった…」
とグッタリしていたんですね。


わたしは本当は父に
自分の価値観や考えを聞いてもらいたくて
少しでもうんうんと頷いてほしかったのですが、


父に何か話すこと、
わかってもらうことに
諦めを感じるようになっていました。


そのうちに
自分が感じたことや考えたことを
アウトプットすることが
どんどん苦手になっていって


父の価値観や考え方を自分に
インストールしていったような…
そんな感覚でした。


父と同じ感覚になれば
父は同意してくれるので、


そうやって
自分を守っていたんですね。


でも今思えばですが、
父も私もある意味同じだったんじゃないかなと
思うんです。


父はことあるごとに
「お前は俺の子だから」
と言うところがありました。


自分と子供が似ていると感じることで
親子である証拠を、安心を
得たかったんじゃないかなと
わたしからは見えていたんですね。


それはわたしも一緒だったな…と
思うんです。


父は父で、私は私で
お互い同じだと感じることで
心を埋めようとしていたんだなと
そう思えたら、


自分は
父に否定をされていたわけでは
なかったんだな

改めて安心できたりしたんですね。


周りにわかってもらえなくても
周りの意見を受け入れたとしても、
自分がなくなるわけではないですし、


相手のことを否定しなくても
自分の感性や考えを
自分で肯定することはできるんだと


改めて、確信をすることができました^^


それに、父が父なりの価値観や考えを
強く持っていてくれたことで、


私自身も
自分なりの価値観や考えを持てるように
なれたんだろうなとも感じたんですね。



パートナーに念の為
無意識に否定的なこと言ってなかったかな?
と確認してみたら、


パートナーは気にしていないどころか
「それは俺も」「わかるわかる」
と言っていたりしたんですね。


意外と相手は思ってるより
気にしていなかったり、


わたしもパートナーの話を聞いていて、
押し付けられている
否定されていると
そんな風に感じたことはなかったんです。


むしろ
自分と違うパートナーの価値観や考えを
聞くことが本当はとてもとても好きなんですね。


パートナーと自分が違うおかげで
自分が普段聞かない音楽を
知れたりとか、


自分が思いつかないことを
言ってくれたりとか、


自分が知らない世界を知ることが
できたんですよね。


ただ、そうやって
父との間で埋まらなかった気持ちが
ひょっこり顔を出してしまうことが
あるだけなんだと
今回のことを通して感じました。


そしてだからこそ、


誰かに対しても
「自分の感性や考えに自信を持ってほしい…!」
という思いが自分の中に強くあるように
思うんです。


こういった発信もそうですが
映画とか創作もまさに、そうですよね。


自分と違う、価値観や感性に
触れる機会があるからこそ
学びがあったり気づきがあったりして、


それは自分と違う存在がたくさん
いるからだと思うんですね。


でも、自分の価値観や考えに
自信がなかったり、


自分を出しちゃダメと思っていたら
そもそも知ることができないですよね。


自分の価値観や考えを
少しでも認めてあげられたら
それだけ誰かの学びのきっかけになると
思いますし、


そんな相手のことを認められたら
相手も「もっと自分の考えを大事にしよう」と
思えたりして、


巡り巡ってお互いのためになるんだなと
今はそう確信していたりします^^


今回、ボーはおそれているを見て
自分が感じたことも、パートナーや
他の誰かが感じたことも


わたしは大事にしていきたいなと
うまく吸収していきたいなと思っています!


それでは、この記事が何か少しでも
参考になったら幸いです。


余談ですが、パンフレットの装丁がとっても素敵でした✨
前作のミッドサマーのパンフレットも凝ってましたよね〜



私は現在、人生の棚卸しを通して
【自分を制限する癖】を見つけて
制限を紐解いて、


『自分だからこその人生、
自分をまるっと活かしていく人生』


舵を切っていくお手伝いを
させていただいてます。


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