箱男

小説やエッセイ、漫画を描いています。 好きな作家は江戸川乱歩、安部公房、楳図かずお、古…

箱男

小説やエッセイ、漫画を描いています。 好きな作家は江戸川乱歩、安部公房、楳図かずお、古谷実など。

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最近の記事

月の光(藤崎くんのPHS)

たしかあれは高校最後の日のことだ。先生から臨時ボーナスが配られ、教室はいろめき立った。 ボーナスというのは校友会の出資金のことで、3万円が返還された。 もちろん親に返すのが筋だろうが、3年前の入学のときに出資したことなど覚えているとは思えない。お小遣いとしてもらっておこう。考えることはみんな同じだった。 ホームルームのあと、仲間うちで話し合った結果、3万円で携帯電話を買うことにした。当時私たちはPHSを使っていたが、携帯電話が急速に普及しつつあり、早々と乗り換えたかった。

    • プリンシェイク大人買い

      • 神龍ーーかぐや姫と願いごとの行方

        押入れを整理していると、古い写真が見つかった。幼い私が『西遊記』の孫悟空になりきっている写真だ。 座卓の上に羊の毛皮の敷物をかぶせ、筋斗雲に見立てていた。私はその上に立ち、如意棒がわりの姉のバトンを握っていた。 赤いトレーナーを着て、頭に金の折り紙でつくった輪っかをつけている。壁にはカレンダーの裏にクレヨンで描いた牛魔王の絵が貼ってあった。 たしかこの写真は、『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』という映画を観に行って、感化されて撮ったものだ。 同じころ、アニメの『ドラゴ

        • 【自己紹介】 黒瀬と申します。広島県出身。大学院修了後、設計事務所に勤務。第20回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』(早川書房刊)でデビュー。 noteではエモい青春エッセイを書いています。よろしくお願いします。(毎週木曜・土曜更新)

        月の光(藤崎くんのPHS)

        • プリンシェイク大人買い

        • 神龍ーーかぐや姫と願いごとの行方

        • 【自己紹介】 黒瀬と申します。広島県出身。大学院修了後、設計事務所に勤務。第20回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』(早川書房刊)でデビュー。 noteではエモい青春エッセイを書いています。よろしくお願いします。(毎週木曜・土曜更新)

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          十七歳の地図ーー模範的新聞少年のたそがれ

          中上健次に『十九歳の地図』という小説がある。主人公は19歳の予備校生だが、とっくに大学進学をあきらめており、ほとんど予備校にも通っていない。 主人公は新聞少年でもあり、新聞を走って配って生計を立てている。 配達員の寮で暮らしており、日中そとの光の入らない週刊誌や食べかすの散らかった部屋で、寝汗と精液で湿気たふとんで眠っている。 少年は物理のノートに配達地区の地図を描いて、贅沢な家で温かいふとんに寝ている、許せないやつらの家に×印をつける。そして爆破や一家惨殺の刑を夢想して

          十七歳の地図ーー模範的新聞少年のたそがれ

          力水神と秘密の修行(私がコーラを飲めない理由)

          犬の散歩をしていると、久しぶりに自販機で「力水」を見つけた。 「力水」とはキリンビバレッジから発売されている炭酸飲料であり、1994年の発売当時、頭がよくなる成分として注目されていたDHAを配合したことで話題を集めた。 「力水」は毎年のように名前が変わり、95年に「超力水」、96年に「最強力水」へと進化をとげると、98年の再々リニューアルにむけて、前年に新しい名前を募集していた。 当時、中学生だった私はこれに応募した。「超」「最強」ときたらつぎは「神」しかないだろうと、

          力水神と秘密の修行(私がコーラを飲めない理由)

          ええかっこしい(伯父さんの思い出)

          父とトラックで大型ごみを業者のところに持ちこんだ。 荷おろしを手伝っていると、業者のお兄さんが「これ、ブランド家具ですよね。捨てるんならいただいていいですか?」と訊いてきた。 伯父の遺品の書き物机のことだった。私が長らく使っていたが、大きな書斎机を買ったので、置き場所に困って処分することにしたものだ。 「ぜひもらってください」と二つ返事で答えたが、机は運びやすいよう一部分解しており、ねじをすでにごみに出していた。譲り渡すのはあきらめざるを得なかった。 伯父の遺品はブラン

          ええかっこしい(伯父さんの思い出)

          マイ・スイート・ホーム(公園の桜と引っ越し代の行方)

          大学生のころの話だ。塾講師のアルバイトをはじめて実入りがよくなったので、築20年のアパートから新築予定のマンションに引っ越すことにした。 家賃は4万円台から6万円台へと跳ねあがったが、オートロック付きでバス・トイレも別だった。 入居の契約をすませ、あとは建物の完成を待つばかりというときに、不動産屋から電話がかかってきた。4月に完成予定だったが、工事の遅れで完成が1カ月ほど延びるという。 そんなこと言われても、アパートの退去日はすでに決まっている。つぎに入居する住民も待って

          マイ・スイート・ホーム(公園の桜と引っ越し代の行方)

          タイムトラベルーーウド鈴木とスペースワールドのないスペースワールド駅

          押し入れの整理をしていると、ふと段ボールのなかの1冊のアルバムが目に入る。パラパラめくってみると、小中学校のころのアルバムだった。すえた香りとともにたちまち懐かしさに引きこまれた。 スペースシャトルの前で撮った写真が目にとまる。小学校の修学旅行で北九州のスペースワールドに行ったときの写真だった。 スペースワールドは宇宙をテーマにしたテーマパークで、ディスカバリー号の実物大のモデルが飾ってあった。マスコットは「ラッキーラビット」。お土産に買ったラッキーラビットのマグカップは

          タイムトラベルーーウド鈴木とスペースワールドのないスペースワールド駅

          一人暮らしデビュー(洗濯物は自動的に畳まれて戻ってこない)

          私がはじめてひとり暮らしをした街は所沢だった。大学のキャンパスがあったからで、進学とともに引っ越した。 部屋は家賃4万5000円のアパートの1階。間取りは1Kで、ロフトがあるのを気に入って選んだ。築10年だが、リフォームしたばかりできれいだった。 3月下旬、私は姉と一緒に広島から出てきた。姉は引っ越しの手伝いで来てくれた。 からっぽの部屋につぎつぎと段ボールが運ばれてくる。私が荷物を受け取っているあいだ、姉は近所の大型スーパーで食器やキッチン用品をそろえてくれた。 そ

          一人暮らしデビュー(洗濯物は自動的に畳まれて戻ってこない)

          my graduation(カテキョのお姉さん)

          「え? いま中学3年じゃろ。っていうことは、尾崎の『卒業』も知らん世代なんじゃ。カワイソ」と言ってきたのは、当時、家庭教師だった大学生の男である。 その年のお正月のSMAPドラマ『僕が僕であるために』や、小学6年のころの野島ドラマの主題歌『OH MY LITTLE GIRL』で尾崎豊は知っていたが、それ以外の曲は知らなかった。 のちに高校生になってからいっとき尾崎にハマったが、好きだったのは『15の夜』や『十七歳の地図』である。 純文学にハマって『十七歳の地図』が中上健次

          my graduation(カテキョのお姉さん)

          「旅館」ーーおばあちゃんと真っ白なシーツ

          家の近所に小学校から一緒だった女の子がいた。教室でからかうと、「うっさいねえ。あんたに関係ないでしょ」と叩かれ、いつも夫婦漫才のような掛け合いをしていた。 中学生になったころのある日、学校から帰っていると、彼女がラブホテルから出てきた。彼女の家はラブホテルを経営していた。 「お前、ラブホテルでなにしよったん?」とからかうと、彼女は傷ついたような顔で横を通りすぎた。 いつもと違うリアクションに私は戸惑った。なにかまずいことを言ってしまったのだろうか。 私がそのころ住んでい

          「旅館」ーーおばあちゃんと真っ白なシーツ

          ミュージック・アワー(フォークダンスの思い出)

          高校生のときの話。体育の授業が終わって教室の席につくと、私はふり返り、 「ええのう、お前は1番上で。俺なんか小学校のときから1番下の土台で」 ななめうしろに座る友人に膝をさすりながら言った。 体育祭のピラミッドの練習をしたばかりだった。小柄な友人は「バカ、1番上に立って手ひろげるのも怖いんで」と言い返す。 「フォークダンスのステップ覚えた? あたし、ぜんぜん覚えられん」 友人のとなりの席の堀田さんが訊いてきた。 私はうしろを向いて、「俺はけっこう覚えたけど」とうそぶいた

          ミュージック・アワー(フォークダンスの思い出)

          ブックカバー(ラクダ色の本棚)

          家の本棚をながめると一面ラクダ色である。ほとんどの本に書店のカバーがしてあり、一見してどれがなんの本かわからない。 本を読み返したいときには、カバーの種類とおおよその位置で見当をつけている。 ざっと見わたすと、紀伊國屋書店や丸善ジュンク堂書店など、全国チェーンの書店のカバーが多い。 後者のカバーは丸善のものとジュンク堂書店のものと、MARUZEN&ジュンク堂書店のものの3パターンがある。 ほかに大学の近くにあった芳林堂書店やいけだ書店、また今はなきリブロのカバーも多い。

          ブックカバー(ラクダ色の本棚)

          ティラミスチョコレート(ホワイトデーの思い出)

          ティラミス、ナタデココ、パンナコッタ、ベルギーワッフル、マカロン、パンケーキ、タピオカ、マリトッツォ……これまで綺羅星のごとくスイーツブームが起こっては消えていった。 いまや定番化しているものも少なくないが、なかでももっとも思い入れのあるのがティラミスである。 バブルまっただなかの1990年、「イタ飯」ブームに乗って彗星のごとく現れたのがティラミスだった。 とはいえ、当時の私は8歳である。社会現象と化したティラミスとの接点はテレビCMだった。 ブームに便乗して様々なティ

          ティラミスチョコレート(ホワイトデーの思い出)

          呪いの夜想曲(う〜う〜、きっと来る〜♪)

          春のセンバツ甲子園のニュースを観ていると、球児たちの眉毛が気になった。みなきれいに細く整えられている。 髪は坊主なのだから、せめて眉毛くらいはおしゃれしたい! という思春期の思いがひしひしと伝わってくる。 私は野球部ではなかったが、高校生のころ眉毛を細くしていた。 当時はヴィジュアル系バンドブーム。メンズ向けの美容グッズが売り出されたころで、私も資生堂ジェレイドの眉毛セットで眉毛を整えていた。 眉毛はさみ、くし付き眉毛ブラシ、眉毛ピンセット、眉毛ペンシルのセットだった。

          呪いの夜想曲(う〜う〜、きっと来る〜♪)