★これが俺。俺なのよ。オレ。

酔ったね。完璧酔ったわ。でも理性はある…かな。まぁ、やっていいこと、やってはいけないことの区別はつくよ。でもさ、だんだん自分が酔ってきてるのがわかると、ほんと気持ちよくなる。「酒は酔うためにある」。誰かが言ったオレの中のリスペクト名言。

 
「田中さんもう酔ったの?早い~(笑)」
 田中はオレのこと。一緒に飲んでるのは、どこかのSNSで知り合った「飲み友」の女性。詳しく言うと「日本酒飲み友」。そんなグループ名は正式に作ってないけど。んで、女性と一対一で飲むのがオレの飲みスタイル。
 お互い恋愛感情はない、ただ日本酒好きを共有するだけ。日本酒は度数が高く、直ぐに酔えるから好きだ。最初はそこまで日本酒に詳しくなかったけど、相手の知識を知ったかぶりさせてもらっていくうちに、いつしか知識がついていった。日本酒は実に奥深い。今では自分から話せるようになった。
「日本酒は度数高いからね。酒に弱いのに、度数高いのが好きってつらいなー(笑)。でもさ、これは女性でも飲みやすいよね。甘くてほんのりフルーティーだ♪」
「そうだね。これは初めての人にも飲みやすいかも。友達に教えようかな」
 さてと、そろそろ日本酒話だけではネタがつきるし、これ以上語っても、今日の女性の日本酒知識レベルではついてこれないだろう。
「そういえば田中さんって、教員なんだよね?」
 お、向こうも話の内容に困ったのか、オレのプロフィール情報を持ち掛けてきた。とても、好都合だ。
「そう、一応ね。まだまだぺーぺーだけど」
「そんなことないよ。すごい試験受けるんだよね?」
「採用試験のこと?」
「それかな?詳しくはわからないけど。でも、すごく難しいんでしょ?合格率は低そう」
「昔はむしろ教員足りないぐらいだったみたいだけど、今は何故か憧れてなりたい人多いらしいね。オレの時はわからないけど。確かに採用試験は難しいよ。一次、二次とあるしさ。その前に教員実習行かないといけないし。やっぱりさ、子どもって、【実習生】ってちゃんと悪い意味で理解してんだよね」
「どういうこと?」
 お決まりの反応ありがとう。
「簡単に言うと、【この人は勉強に来ていて緊張しているから怒らない】、ようは、なめられてんの。だからオレの前でわざとふざける子どもとかいたもん。どーせ怒れないんだろ。みたいな態度でさ」
「えー大変そう」
「まぁ、オレはちゃんと注意指導したけどね。あと、体罰やらなんやら下手に中途半端な知識つけてる子どももいるからさ、すぐ「体罰だー」とか言ってきてめんどいのよほんと」
「あ、それは聞いたことあるかも」
 本当かいって突っ込みたくなる顔してるな。でも、さっきからのその眼差しは気持ちがいいね。一応話しつつも、追加の注文を女性に伺って頼んだりと、女性への気配りは忘れない。まだかろうじてそれぐらいはできる。だんだん危ういが。
「でも、子ども好きなのいいね。モテるんじゃない?」
 いいね。今日の女性は当たりかもしれない。
「全然モテないよ。この顔だしさ。まぁ、モテるために教員やってないし」
「かっこいい言葉」
 おいおい、顔のことはフォローしてくれないのかい!因みに女性はちっとも酔っていない。まぁ、初対面で酔わないよな普通。
「やりがいはあるよ。悩みがあっても言えない子に気づいて、一緒に悩み解決したりとかさ。授業中も、手を上げてくれる子どもが多いと嬉しいし。一番は、元気な声で「おはようございます!」って挨拶してくれることかな」
「子どもから愛されてるんだね♪すごいじゃん。私仕事にやりがいないし、うらやましいよ」
「やりがいが必ずないといけない訳じゃないよ。オレだって今はやりがいとか言えてるけど――」

 とまぁ、こんな感じです。この後もしばらくこんなやりとりが続くのであった。今日の女性はオレの理想通りの反応をしてくれた。女性からしたらつまんかっただろうな。日本酒も知識に差があって、ほとんど「へ~」「そうなんだ」って反応だったし。あとは、オレが直ぐに酔っぱらうし、自分のこと語りだすし。もう会うこともないだろう。でも、これがオレの一番の目的なのよ。月に数回こうして初見の女性と飲む。キラキラした目でオレを見てくれればそれでいい。別に女性を軽視してはいないから、そこは注意してれ。それに、男の方が先に酔えば女性は安心しないか?そうでもないのか?残念なことに唯一の反省は酒に弱いことだ。酒に強ければもう少し語れるのに(相手にもよるが)。それに、話が長引くとだんだん女性側が「大丈夫?」とオレを心配しつつも帰りたがるのだ。でも、その遠回しの要求は必ず受け入れる。その後の支払いも必ずオレが出す。当然です。これはお礼ですので。

 大好きな日本酒で酔って気持ちよくなって、女性からキラキラした視線をもらって気持ちよくなって。本日もとてもとても幸せな時間でした。
 ふらふらな足取りで、「大丈夫?」と何度も心配されつつも、改札口まで女性を送り、「またね」と言葉を交わし、小さく手を振り別れた。たとえ酔っていても、ちゃんと女性が見えなくなるまで見送ります!
 女性が見えなくなって数十秒後、ふらふらな足取りはシャキシャキと歩き出す。――そう、オレは酔っていない。笑っちゃうね、酒にはものすごく強い。日本酒が好きなのはそゆことなのさ。

 これが俺。俺なのよ。オレ。
 (――教員は友人の体験談。彼女はいない)


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