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本は、紙でできている_『銀座の紙ひこうき』

希望していた仕事に就いている人は、夢を叶えた人は、どれだけいるんだろう。

はらだみずきの『銀座の紙ひこうき』は、
本を愛し、本にこだわり続ける主人公の神井航樹が
本のもととなる“紙”の専門商社に入り、
悩みもがきながらも夢を追いかけていく青春小説だ。
私と同じく、紙と本(紙“の”本ともいう)が
好きな人間にとってはたまらない題材だが、
そうでなかったとしても、仕事に悩む全ての人が
なにかしら人生のヒントを見つけられる物語だと思う。

物語もそうだけど、帯に掲載されている
丸善津田沼店の沢田史郎さんからの
「好きで入った会社じゃない。望んでいた仕事じゃない。だけど逃げるのもカッコ悪い。
なら、どうする?働き方に悩む全ての人に。」
というコメントにも胸をうたれるものがあったし、
実際今作を読みながら、自分の仕事について
様々なことを考えてしまった。

私は、大学4年生の就職活動で
希望していた会社にはとことん落ちたが、
ありがたいことに同じ業界内の会社に拾われ、
今もそこで働いている。
ただ、ほかの多くの仕事でも同じだと思うけど、
希望していた業界だからといって、
必ずしもやりたかった仕事ができるわけではない。
そういった意味で、今作に出てくるダッチには共感するものがあった。
彼は編集者を志し、出版社に受からなかったから編集プロダクションに就職した。
職種としては“編集者”なので、仲間内では
夢を叶えた成功者としても捉えられていたけれど、
実際は違う。
そこに夢見ていたような編集の仕事はなく、
少ない賃金で空いたスペースをうめる記事を
用意するだけ。希望に近づいたからこそ、
夢と現実がほど遠いことを知ってしまう。
心に描いていた“すばらしい”仕事ができるのは
ほんの一握りの人だけで、自分ではない。

ほかにも、自分の進む道を決められず、
適当な会社に勤めてはすぐに辞めてしまうパラちゃん。
自分がやりたいことは別にあるといいながら、
恋人のために今の仕事を続ける蓮。
そして、紙の商社の仕事にやりがいを覚えながらも、
本への未練が断ち切れずにいる航樹。
そんな航樹に「現実をみた方がいい」といいつつ、
自らも夢を捨てられずにいる梨木…。
誰でも、どこかしらに共感の種があるのではないだろうか。

そもそも今の日本は(今作の舞台は昭和後期だけど)、
どんな大企業に勤めていても、いつなにがあるかわからない状況で。
バブル崩壊後の失われた30年、つまり不景気しか知らない私たちは、
うまく将来を描くことができずにいる。
かといって未来を空想しないはずもなく、
夢や希望はだれもがもってしまうものなのだ。
その多くは、叶うこともなく消えていくけど。
では、希望の職に就くことができず、
生涯の安定した収入を約束されているわけでもない
私たちは、人生になにを求めればいいのだろう。

最近本当によく思うのは、自己実現の場は
なにも仕事である必要がないということ。
いわゆるフルタイム勤務の場合、
ほとんどの人が1日の多くの時間を
働いて過ごすけど、長さと質は必ずしも比例しない。
休日を楽しく過ごすために、
収入を得るために、ただただ働いたっていい。
実際そう生きている人も多いはずだ。
私も、仕事に生きるのか(得手不得手はあるけど)、
家庭をもつのか(もてるとは限らないけど)、
趣味(これといってないけど)のために生きるのか、
そろそろ決めなくちゃいけないのかなと思ったりする。
これは、30歳を目前にした女性ならではの感覚かもしれないけど
(ジェンダーバイアスを抜きにしても、
家庭をもって子どもを産むなら年齢のことがあるから)。
また、仕事に関しても、
せっかく同じ業界にいるんだから
元々志望していた仕事ができるよう挑戦するのか、
今目の前にある仕事にやりがいや
おもしろさを見出せばそれでいいのか、
悩みが尽きることはないし、すぐに答えがでるはずもない。

今、立ち止まってしっかり考えた方がいいかもしれないし、
あまりこだわらずに流されて生きた方が結局満たされるかもしれない。
わからないから、とても不安になる。
それでも、私には今日をひたむきに生きていくしか道がない。
だって、私の人生は、物語ではないから。
今ここで大きな決断をして、
急に何十年も経過してエピローグ
…なんてわけにはいかないから。
なにが正解かはわからないけど、それでも
毎日の小さな出会いを大切にしながら
一歩ずつ進むしかないのだ。

航樹が放った紙ひこうきは銀座の街を越えて飛び立ったが、
私が未来へ放つ紙ひこうきの行く先は、まだわからないまま。

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