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SS【白い粉】


目覚めると記憶がすべて消えていた。

そこは薄暗い工場のような場所で、周囲には十数人の目つきの悪い屈強そうな男たちが座っている。

一人の男が目覚めたばかりの俺の方へ近づいてきた。

ここにいる者たちの中では一番歳をとっていて貫禄がある。おそらくボスだろう。


「ミラージュ、気づいたか? ずいぶん長い間眠っていたな。仕事は片付いたのか?」


俺は何のことかさっぱり分からなかった。ただここで記憶が無いと正直に言うのは危険な気がした。


「ああ」


「そうか、それならよかった」


「誰かブツを一袋もってこい」


ボスがそう言うと一番若い男がどこかへ走っていった。

ボスは険しい顔で男たちを見渡し、それからこう言った。


「この中に裏切り者がいる。なぜ俺たちしか知らない情報が漏れているんだ。誰だ? 今名乗り出れば命までは取らない。だが後でわかれば・・・・・・わかるよな?」


先ほどから重苦しい空気が流れていると思っていたが、そういうことだったのか。妙に納得していると、若い男が戻ってきて俺の前に白い粉の入った袋を置いた。

それを見てやっと思い出してきた。俺が何者で、なぜ記憶を失ったのかも。

俺は白い袋に小さな穴を開け、そこからこぼれた粉を鼻で吸って、それから舐めた。そしてボスに言った。


「問題ありません」


数時間前、落雷により工場内は何度も停電と復旧を繰り返した。そして一部の機械が誤作動を起こし、ホットケーキミックスの配合が狂った可能性があったのだ。

落雷にビビって階段から落ちて頭を打った俺だったが、ヘルメットのおかげで大事には至らなかった。

サボる口実ができたので休んでいようと横になったら、けっこう眠っていたようだ。そしていつも寝起きは寝ぼけていて記憶が無い。


とりあえず配合は狂っていなかった。

ベーキングパウダーも砂糖も小麦粉も、おそらくいつもの割合で配合されている。

俺は穴を開けたホットケーキミックスの袋を、ボス(工場長)の許可を得て持ち帰り、ホットケーキをたくさん焼いて、ホイップクリームをつけてたらふく食べた。


しかしボスも可哀想な男だ。事務のお姉さんに告白したが「いろいろ無理です」と断られたらしい。自分の顔を鏡で見たことがあるのだろうか? 

しかもそれを現場の俺たちに漏らすから会社中に広まってしまった。いや、そもそもそんなおもしろいことを内緒にする方が難しい。

そんなことより最近は巣ごもり需要とかで白い粉がよく売れるらしい。ラインも休まず稼働しっぱなしだ。それなのに増えない給料。

俺はそんな会社で今日も白い粉を作っている。


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