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ジェットコースターラブ

税理士の飯村さん、そのアシスタントの岡田さんとの三人での食事会はこのところ月一回の定例になっている。今日は寿司だと聞いていたのだが、入ってみると海鮮居酒屋風のお店だった。

岡田「こっちですー」

砂男「おー、お疲れ様ですー。遅れてすいません。電車の乗り継ぎがうまくいかずに」

飯村「いいえ。さあ、どうぞ」

飯村さんは相変わらずダンディだ。僕が持ち合わせていない、どっしりとした中年男の印象が彼にはある。

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先に一通りの仕事の話を済ませた僕らはいつもの通り、楽屋トークに流れ込む。

砂男「そういえば、岡田さんの後輩ちゃん、どう?元気?」

岡田「それが、あの子辞めちゃったんですよ」

砂男「え?そうなの?どうして」

岡田「それがその… 」

飯村さんの顔を覗き込む岡田さん。何か言いにくいわけでもあるのだろうか。飯村さんのうながすような視線を確認した岡田さんが続ける。

岡田「実はセクハラみたいなので」

砂男「あらー、それは。結構優秀な子だったよね。セクハラって社内?クライアント?」

岡田「社内です。あの、Aさん、ご存知ですか?」

砂男「ああ、顔は知ってる。あの中年の、ちょいキモオヤジだろ? Bさんと同期の。え、あの人が?」

岡田「ちょっと!ww ちょいキモとか言わないでくださいよ!ww でもそうです。あの人がセクハラ…というかセクハラっぽいというか…」

砂男「会社は動かなかったんですか?」

黙って聞いている飯村さんに僕は尋ねた。

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飯村
「それが… 本人から訴えはあったのですが。なにしろ微妙な話でして」

砂男「いやー、飯村さん。今どき微妙な話じゃ済まされませんよ。現に一人社員が辞めている。何もしてくれなかった会社ごと訴えられても不思議はありません。お茶を出す事務員のお尻を平気で触ってた時代とは違うんです」

妙な正義感を持つ僕はこういう時には強く出る。僕はいつでも女の子の味方なのだ。

飯村「そうなんですが… 」

岡田「砂男さん、でもホントにそれが微妙なんですよ」

さすがアシスタント。必要な時にはちゃんと飯村さんの援護射撃に回る。

岡田「あの、二人で車でクライアントの所へ行ったらしいんです。そしたら車内で、Aさんが必要もないのにシフトレバーを触って、手が触れそうになって怖かったって…」

砂男「触れそうになった? えっと、触れてはないってこと」

岡田「はい。触れたわけじゃないんです」

砂男「そうなると… 無駄にシフトレバーを触ったって言われても… でも俺も車乗るからわかるけど、癖みたいな動きがあるじゃない。だから、わざとじゃない可能性もあるよね?しかも触れてはいないんでしょ?」

岡田「はい。そうなんですよ。でも彼女は気持ち悪かったと… 」

砂男「ちょっと待ってくれ。それじゃ、あまりにAさんがかわいそうじゃないか。何もしてないのに、仕事で一緒に車に乗っただけで、気持ち悪いって言われるなんて!」

急にAさんがかわいそうになってきた。

何にもしてないのに、加害者扱いされているAさん。

さっき、ちょいキモオヤジなんて言って申し訳ない。


岡田
「あと、『君と二人でする仕事は、とてもやりやすくて好きだな』って言ったらしいんです」

砂男「いや、それくらい言うだろ! 部下に感謝の気持ちを伝えるのは大切なことじゃないか。それなのに… それだけで… 」


おわかりだろうか。

この急激な方向転換。

最初は女の子を守ろうとしていたのに、今僕は必至でAさんを擁護している。

Aさんがした行為、それくらいは僕にも心当たりがあるからだ。

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岡田
「そうなんですけどね。だから微妙なんですが」

砂男「そんな事を問題にしていたら、社内恋愛なんて不可能じゃないか!いいのか、それで!」

岡田「そんな大げさな… でも社内恋愛って。正直、職場でイチャイチャすんなよって思いますけどね。よそでやれって感じです」

砂男「よそでやれだとー?! き、君のような考え方の人がいるから、日本の少子化問題はいつま… 」

飯村「まあまあ。本人が問題だと言えば、それは問題なのですから。そういう時代です」

冷静だ。

飯村さんがいてよかった。

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砂男「でもさ、Aさんの気持ちもわかるんだよ。45歳、独身。職場以外に出会いなんて無いよ」

岡田「それこそキャバクラでも行けばいいじゃないですか」

砂男「岡田さん。残念ながら。日常でモテない男はキャバクラではもっとモテない。うまく金だけ吸い上げられて撃沈。キャバ嬢の養分になるだけだ。そんな時に職場で気の利くかわいい女の子に笑顔でも見せられたら。
そりゃあ恋に堕ちるだろう。ジェットコースターラブだろう!」

岡田「わかりますけど。でも彼女、22歳で彼氏アリですよ。いくらなんでも…」

砂男「当たってみなくちゃわからないじゃないか!『101回目のプロポーズ』『電車男』、世の中にはな、ブサイクの男が絶世の美女と結ばれる話なんていくらでもあるんだ!」

岡田「ドラマです。現実にはあり得ない事だからドラマになるんですよ」

砂男「なんだと~~~」

飯村「まあまあ、二人共。社内恋愛だとしても、キモいと訴えられれば、それがセクハラと認定されることもある。そういう時代なんです」


泣けてきた。

そんなことがあっていいのか。

ただ、純粋に。

隣のデスクの女の子に恋をした。

手をつなぎたい。そんな願望を抱きながらも何もできず。

車内で少し手を動かしただけで、キモいと言われ。

感謝の気持ちを伝えただけで、セクハラと言われ。

Aさん。つらいよな。わかるよ。


砂男「じゃあさ、ちょっと聞いていい?あのスマートなBさん、彼が同じことしたらどう?やっぱりセクハラでアウトなの?
Bさんと一緒に車に乗って、Bさんがシフトレバーを動かして手が触れそうになって、Bさんが『君との仕事はやりやすいよ』って言ったらどうなの?」

岡田「それ、女の子たちの中で話題になったんですよ。Bさんだったらどうって。そしたら…」

砂男「そしたら?」

岡田「みんな『Bさんなら、うれしいのにねぇ~』って言ってました」


チーン 


これが現実。

中年男性にとって、

僕らのような、

ちょいキモオヤジにとって、

この世はあまりに生きづらい。


ハラハラが、セクハラになっちまう…


Aさん。

恋愛は、社内(車内)じゃなくて、よそでやろう。




-----『ジェットコースターラブ』KARA-----

白状しなさい まだ間に合う
ちゃんと言わなくっちゃ
始まらない 教えて
NO 気持ちは変わる
HURRY UP 覚悟を決めて
ハートのサイレン
回るよ ジェットコースター
抱きしめて

もうあなただけ 思っていたの
捕まえて Fall in Fall in Fall in Love
どうなるの?危ないスリル
ハラハラ どっち せつないよ
告白しましょう 勇気を出して
最高の Makin Makin Makin Love
唇が「好き」と動けば
ときめく恋 始まるの KISS KISS

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