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オールの小部屋から⑩ 鮎川哲也賞の贈呈式

 先週の金曜日、4年ぶりに鮎川哲也賞の贈呈式におじゃましてきました。
『帆船軍艦の殺人』で受賞された岡本好貴さん、おめでとうございます!
 鮎川賞のパーティは、作家と書店のみなさんがとにかく多くて(編集者は少なめ)、ふだんめったに会えない方とたくさん話せる、ミステリ者にとっては夢のような会として知られています。
 今回も、選考委員の祝辞が東川篤哉さん、正賞の贈呈が麻耶雄嵩さん(同時開催の「創元ミステリ短編賞」の祝辞は辻堂ゆめさん、正賞贈呈は米澤穂信さん)。そして乾杯の音頭が北村薫さん……と、どうですか、この濃密かつ豪華な面々! 麻耶さんが正賞のドイル像をまるで凶器(鈍器)のように渡し、北村さんが乾杯のご発声なのに、電車の中で読み終えたばかりというエドワード・ドルニック『ヒエログリフを解け』(杉田七重訳、東京創元社)の感想を滔々と語り始めるのも、鮎川賞らしい展開でときめきました(笑)。

ドルニック『ヒエログリフを解け』

 私は開会前に、まず広島の書店員Mさんこと政宗九さんと喫茶店で待ち合わせてミステリ話をし、開会直後に麻耶さんと神様シリーズの話、米澤さんと『可燃物』『インシテミル』トーク(傑作はどれだけ同じ話をくり返しても飽きないですね)、そして今村昌弘さんにご挨拶しつつ新刊『でぃすぺる』の感想をひとしきり。『でぃすぺる』は文春から出た本ですけど、私、担当編集者ではないこともあって、きちんと感想をお伝えする機会がなかったのです。
 みなさん、『でぃすぺる』をお持ちの方は、152~153ページを開いてみてください。詳細な引用は控えますが、ここにとても重要な「ルール決め」のシーンが出てくるのですね。私、この一節を読んだとき、『でぃすぺる』はミステリの歴史に残る1冊になるかもしれない、と思いました。

今村昌弘さん(©文藝春秋)

 みなさんご存じのように、米澤穂信さんの傑作『インシテミル』は、閉鎖空間を舞台に「ミステリ者(=空気の読めないミステリ読み)の共同体」と「一般社会の論理」とが鋭く対立する構造をもったミステリでした。
 かたや『でぃすぺる』は、同じ現象(町に伝わる〝七不思議〟の謎)を受けて、それを「本格ミステリ」の枠組みで解釈しようとする少女と、「オカルト」の文脈で解釈しようとする少年が、クラスの壁新聞作りを通して互いの世界観を戦わせるという構造を有しています(つまり「本格ミステリ世界」と「オカルト世界」が一つの小説空間内に併存している。最高に面白そうでしょう?)。
 本格ミステリ派が勝つか、オカルト派が勝つか――つまり〝七不思議〟の真相は何なのかということなのですが――この、小学6年生の掲示係3人の冒険から目が離せなくなります。
 作者である今村さんはもちろん、作中の登場人物たちも(!)、この「本格ミステリ」や「オカルト」が、それを信奉する者の世界認識さえ規定する「呪い」であることをよく理解しています。それを理解した上で、この2つの相矛盾する世界観の真偽判定を、同じ〝ロジック〟でもって行えないかと模索する。作中では、小学6年生の少女が果敢にもそのジャッジをしようと宣言するわけです。この場面、涙なしに読み進めることができませんでした。私には、いま現実の世界で激化している〝分断〟に対して、少年少女たちが〝ロジック〟の力によって対抗しようとしているようにも見えたのです。

『でぃすぺる』、面白いですよ!

 まだまだいろんな方といろんなお話をしました。芦沢央さんと11月に刊行される文春文庫新刊『汚れた手をそこで拭かない』の話、織守きょうやさんとは1月に出る新刊(乞うご期待!)や「オール讀物」で書いていただいている〈江戸捕物帖×本格ミステリ〉「蛇目の佐吉」シリーズの話、東川篤哉さんとは青春任侠本格ミステリ『もう誘拐なんてしない』の話……。この『もう誘拐なんてしない』、2008年に単行本が出た東川さんの初期代表作だったのですが、もうすぐ文春文庫から新装版が出るんです!
 青柳碧人さんとはやはりオールで続けていただいている「令和忍法帖」シリーズ(まもなく完結!)の話、折原一さんと文春文庫近刊『傍聴者』、そして文庫の解説を書いてくれている元霞っ子クラブ・高橋ユキさんの話、大崎梢さんと「ブラカドイ」の話………気がつけば「蛍の光」が流れ始めて、あっとうまに閉会となりました。
 会う方会う方とひたすらミステリの話をして2時間以上……。こんな会、いまの出版界では、本格ミステリ大賞と鮎川哲也賞だけと言っても過言ではありません。長く続けていただきたい、宝物のような贈呈式でした。

(オールの小部屋から⑩ 終わり)
 

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