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三つ子の魂、百まで

動物は遊びから社会を学ぶ、なんていう俯瞰の視点で子犬や子猫がじゃれあっている姿を目にしますが、人間も結局は同じなのかもしれないません。人間でも遊びで戯れているうちに本気になり、泣く泣かされるなんていうことがおきます。この本のホモ・ルーデンスにある「遊びとは競い合い」の側面をもつ、という章をよんで納得しました。

著者は遊びの定義とは「競争」「偶然」「模倣」「目眩」としています。

自分のこどもの時の遊びの記憶といえば「絵を描くこと」でした。それも自分が覚えている範囲では、ただ漠然と図形を描くというよりも、自分でキャラクタとお話をつくり、それを延々と紙の中に書きづつけていました。

幼稚園の頃には当時好きだった恐竜をモチーフにしている上に、接着剤を使わず組み立てられ、さらに動くゾイドにはまりましたが、それで遊ぶ時にも自分なりのストーリーがありました。友達と遊ぶようになってからも「ごっこ遊び」か、自分たちなりの不思議なルール(石をひたすら蹴りながら街をあちこち移動するとか)のある遊びばかりやってた気がします。

なんとなく・・そんな子どもの頃の日常がいまの自分の仕事にも繋がっていることを改めて実感できた一冊でした。

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ホモ・ルーデンス 文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み(1938年、ヨハン・ホイジンガ、講談社)

【本日の朝食】

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ファラフェラル(ひよこ豆のコロッケ)、キュウリとトマトのサラダ、ポテサラ、自家製パンで。

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