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【可哀想な人であるということ】

『この子の鼻、見てよ。家族でこの子だけこんななのよ。私も旦那も高いのにね。』

母はよくこんなことを言って笑った。
お茶を飲みによく来る主婦友達の前で、私本人の前で。
そしてよく笑った。
よく嘲笑った。

『気にすることないわよ〜女は愛嬌よ〜』という言葉にニコリともせず、
『今は整形なんてフツーな世の中よ』という言葉をシラッと流した。

ただ、母の楽しそうな顔は覚えている。
小学生の頃である。

         ∇∇∇

[サンフランシスコ・ノンフィクション──中学時代の海外研修より]

私は中学生になり、サンフランシスコに来ていた。

ここでは誰もが日の光に照らされて、カラフルでカジュアルで眩しかった。

万人がハッピーな訳はないけど、
昨日恋人と別れた人も、宝くじで大損した人も、先生に叱られた人もいたかもしれないけど、
街は鮮やかに生き生きとして見えたから不思議だった。

その中でも特に目を引いた2人の少女──私と同じ年くらいの女子学生は、車道をまたいだ向こう側を歩いていた。カワイイ制服を着ていた。

白いワイシャツの腕をまくり上げて、ネクタイとお揃いの柄のプリーツスカートは短めで、ブロンドのポニーテールが揺れていた。

可愛すぎる。
私は完全に見とれてしまった。
私の隣を歩いていた女友達も、それは同じだったようだ。
私達の熱い視線に気づいたのか、彼女達もこちらを見た。
パチッと目が合って悩殺。
なんちゅー超絶美人。しかも二人共。

私達は反射的に手を振っていた。
まるでそうするのが当たり前の決まり事かのように。まるでアイドルのファンでもあるかのように。
思春期の特徴でもあるかのように、鼓動はトクトク早くなった。

しかし次の瞬間、私達の目の前は真っ暗に暗転する。
うっとりするほどの超絶美女2人組は鼻をツンと高く上げると、プイッと顔を反らし冷たい目をしてカツカツと去ってしまったからだ。

私達は秒で失恋した。
振っていた手は縮こまりカクンとうなだれ、私達は少し無言で歩いた。

『全然可愛くないね。女は愛嬌ってホントなんだね。』
と、同じ歩幅の友人がイライラした声で吐き捨てた。

         ∇∇∇

『女は愛嬌。』
本当なのかもしれない。
内から出るものの強さには何も勝てない。
あの瞬間、否応なしに理解させられた。

『整形はフツー。』
でもきっと私は整形しないだろう。
それは、整形に異議があるからではなく、母に負けた気がするからではない。

ただ私の選択肢として、だ。
母の嘲笑はただのマウンティングだったんだろうし、それは彼女の問題である。
私とは切り離された次元での出来事だと今なら分かる。

いや、あの頃すでに分かってたのかもしれない。

母の高笑いにしらけたあの頃。
あぁこの人は可哀想な人であると。

ぇえ…! 最後まで読んでくれたんですか! あれまぁ! ありがとうございます!