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『シェイプ・オブ・ウォーター』 これから観にいく人へ 【デル・トロの演出を深読みする】

『シェイプ・オブ・ウォーター』、観てきました。評判に違わぬ力作で、とても満足しました。変化球と思いきや、美しい映像で語られる直球のラブストーリー。私、アカデミー賞授賞式のさいのギレルモ・デル・トロ監督のスピーチにちょっとうるっと来たのです。

「私が子供だった頃メキシコで育っていて、こういったことが起こるとは想像もしていませんでした。しかし、それが実現しました。夢を見ている人達、ファンタジーを使って現実について語りたいと思っている人達に伝えたいです。夢は実現するんです。切り開いて中に入ってきてください」

映画が大好きだった少年が、夢に見た舞台で自分の映画を撮っているんだなあ…良かったなあ…と他人事ながら心から思います。観に行くかどうか悩んでいる人も、ぜひ足を運んでほしい。

僭越ながら、「この映画を見るさいに、ここに注目すればより楽しめるんじゃないかな?」というポイントが3つほど頭に浮かびました。ストーリーのネタバレではないのでご安心ください。

1:カメラワークの変化に注目する

この映画のカメラワークは素晴らしいです。ストーリーを追うことを忘れてしまうくらいに見入ってしまうカットがあります。さらに言えば、「わたし」と「あなた」との出会いに主眼が置かれる映画序盤と、事件が動き出す中盤以降で、デル・トロは意図的にカメラワークを変えています

序盤のカメラワークは、浮遊感にあふれています。何気ない会話のカットでも、ゆっくりとカメラをPAN(移動)させていたり、人物にそっと近寄っては離れたり、水の中に漂っているような柔らかい雰囲気を出しています。その優雅な動きが、「あなた」と出会えたことの喜びを無言のうちに醸し出しているのです

そのカメラワークが、映画がシリアスさを増すにつれ、だんだんと動かなくなってきます。中盤以降には、お客さんをじっくりとストーリーに引き込み、事件のドキドキ、ハラハラ感を楽しんでもらうための映像にシフトチェンジするのです。心憎い演出です。どの時点からカメラワークが変化してくるか、頭の片隅に置いて鑑賞すると面白いかと思います。

2:「水」への触れ合い方に注目する

本作のビジュアル・イメージは、いうまでもなく「水」です。タイトルの『シェイプ・オブ・ウォーター』は、「水のすがた」。劇中では、水がいろいろな姿形をもって現れ、良い人も悪い人も含め、主要登場人物が、何らかの形で水と関わりあう様子が描かれています

あるものは深緑のプールに潜み、あるものはバスタブの中で快楽に身を委ね、あるものは自分の身体から水を流しながら、襲い来る痛みに苦しみもがき、あるものは注射器に入った水を眺めながら煩悶します。また、グラスやコップに入った水を手に持っているシーンが頻繁に登場します。ここにもデル・トロの意志を感じます。主人公サイドだけでなく、悪役のほうも、どのように水と関わっているのか、言い換えればどのように生きているのかを示す描写がきちんとある。各人の水との触れ合い方に注目すると、デル・トロのこだわりが見えてきます。

3:デル・トロが名前をつけなかったことに注目する

たとえば「E.T」であったりだとか、「ゴジラ」であったりだとか、映画において登場する「人でないもの」には何らかのニックネームがつけられるのが常道です。しかし、この映画では、そういった愛称がつけられることはありません。

主人公は、その生き物に向かい、手話を用いて「あなた」と呼びます。これはもちろん、手話で固有名を表すと、動作が煩雑になってしまうからなのですが、単にそれだけではないのだと思います。名付けとは、区別をすることです。名前をつけることによって、物事は、あるいは世界はどんどん細分化され、自分との距離が生じるのです。デル・トロはこの映画でそれをやらない。これも、デル・トロから私たちへと送られたメッセージなのではないでしょうか。

どんな境遇にあっても、どんな姿をしていても、それらを身近な存在として感じてほしい。この映画は、スクリーンの向こうで行われるラブストーリーではなく、いま、ここにいる、「わたし」と「あなた」の物語として観てほしい。デル・トロは、名付けをしないことによって、そう言いたいのだと、私には思えるのです。

私が伝えたいことは以上です。デル・トロに聞いたわけではないので、ぜんぜん的外れなことを言っているかもしれませんが、そこはご勘弁下さい。『シェイプ・オブ・ウォーター』を観ているときに、このコラムのことをちょっとでも思い出して下さると嬉しく思います。

write by 鰯崎 友

『シェイプ・オブ・ウォーター』監督:ギレルモ・デル・トロ 2017

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