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天王寺動物園ー戦時中の動物園 ~どうぶつたちのねがい~ー


1.初めに

 おはようございます。こんにちは。こんばんは。IWAOです。今回は、天王寺動物園の特別展、「戦時中の動物園 ~どうぶつたちのねがい~」について紹介していきます。動物園の動物たちも戦争に巻き込まれた被害者であることを知っている人は、多いと思います。今回、戦時中の動物園、天王寺動物園では、何があったのか、その詳細をこの展示から知ることができました。よろしくお願いします。

2.構成

 天王寺動物園では、毎年夏に戦時中の天王寺動物園についての展示が行われ、今年で18回目になります。ここでの展示では、パネル展示と剥製展示が中心で構成されていました。また、ピース大阪が作成したアニメが上映され、戦時中の天王寺動物園でどのようなことが行われていたのかが、分かるようになっていました。

3.戦争に利用された動物たち

 まずは、動物園の動物とは別で戦争に利用された動物がいることは、ご存知でしょうか。ここでは、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌがその代表例として挙げられました。これらの利用された目的は、「毛皮」を得ることにあります。ヒツジやヤギは、特に「保温性」に優れていたことから、冬服として利用されることが多かったです。しかし、ヒツジやウサギも足りなくなっていき、ついにイヌやネコが利用されるようになっていきました。その中には、ペットとして飼われていたものも含まれていました。
 戦争中に利用された動物で注目してほしい生き物が2種類おり、それは、「ヌートリア」と「ウサギ」になります。
 「ウサギ」を学校で飼育したことのある人が多いと思いますが、学校でウサギを飼育するようになったきっかけの一つは、「戦争の利用」が目的に挙げられます。学校だけでなく、家でウサギを飼育することが奨励されました。私も学校でウサギを飼育したことがりますが、そのきっかけの一つに戦争の遂行が目的だったのに驚きました。
 「ヌートリア」も、毛皮を冬服で使用する目的で日本に輸入され、増産されました。戦後では、「肉」の方が注目され、食用での利用が活発になりましたが、最終的には、使い道がなくなり、管理が疎かにされ、現在は、農業や生態系に甚大な被害を与える「害獣」として扱われています。目を付ける所で、何に使えるのかが変わる生物で、ヌートリアの使い道は、万能と言えます。ただ、日本を土台の部分から支えてくれた生物なのに、求められるものと時代に合わなくなり、今は「脅威」となってしまっていることに悲しさを感じます。

ヌートリアの剥製です。

 当時の日本では、化学繊維やプラスチックで衣服を作る技術が浸透していなかったこともあり、動物を大量に利用せざるをえないという面で仕方ない部分があったと思います。また、今、何か戦争が起こったとしてもすぐに動物を戦争用の道具にすることは、70年前と比べたら、少なくなると予想します。しかし、戦争によって、多くの動物が犠牲になった事実は変えられませんし、現代の戦争で動物が戦争にいらないわけでもありません。まして、飼っていたイヌやネコですら、毛皮を目的に利用されました。現在、ペットは、家族の一員となり、何よりも大切な存在です。戦争によって、引き起こされた悲劇として、動物たちが戦争に利用された事実は、知らななければならいでしょう。また、ウクライナ戦争も見れば、ペットも、戦争に巻き込まれる可能性は、十分にあります。何故、戦争をしてはいけないのかという理由を考え、感じるのに戦争のために利用された動物がいることを知ることも大切な事実だと思います。

4.戦争に巻き込まれ、利用された動物

 日中戦争が始まり泥沼化すると、日本は、戦争へと労力を注ぎこまなくなければならなくなり、総動員体制へと移行していきます。つまり、戦争の遂行が優先されることとなりました。そのしわ寄せは、動物園にも影響し、特に、エサの質が悪化するということで現れました。

展示パネルを基にして作成 

 その影響を強く受けたのが、「ゾウ」になります。ゾウの場合、食べる量が非常に多いため、食べる分を得るのが大変でした。野菜が採れなくなると、農家から藁を貰うことや職員が草を刈って補っていましたが、最終的には食料が得られなくなり、餓死させざるを得なくなりました。
 戦争に巻き込まれた動物で、有名なのが、天王寺動物園のチンパンジーであるリタとロイの2匹のチンパンジーになります。彼らは、天王寺動物園の中でも人気のある動物でしたが、特に、メスの「リタ」のチンパンジーが、非常に有名でした。リタは、物覚えが非常によく、竹馬、フォーク・ナイフ、自転車などと道具を利用する訓練や芸を披露し、天王寺動物園の動物たちの中でも、人気が高く、年間入場者数250万人という大記録を作った功労者です。そして、彼らも戦争に巻き込まれ、利用されました。
 リタとロイの場合は、戦意高揚を目的とした「プロパガンダ」として利用されました。軍服を着たり、ガスマスクをつけて防空演習に参加するなどと「動物たちも戦争と共にある」「動物たちも日本のために戦う姿を見せる」などと宣伝されました。いつの日か、オスのロイドと子供を身ごもりましたが、その子供は、死産し、リタ自身も栄養失調で亡くなりました。
 チンパンジーに芸を覚えさせること自身がおかしいことは、言うまでもありません。しかし、芸を覚えさせた結果、戦争のプロパガンダに利用されてしまったという結果は、変えられません。このような悲劇を招いてしまった結果、天王寺動物園では、二度と動物たちに芸を教え込まないことになりました。

リタと死産の子供の剥製です。
展示されていたパネルを撮影しました。
注目してほしいのが、後ろの写真です。
そもそも動物にこのような格好をさせるがおかしいと言わざるを得ません。

5.猛獣処分

 日本の戦況の悪化やドイツの動物園への爆撃から、日本でも猛獣が逃げ出すことが危惧され、動物を処分することが決まりました。天王寺動物園の園長は、処分を回避しようと努力しましたが、かないませんでした。この処分を巡って、園長は、数日で5キロも痩せたそうです。
 猛獣の処分は、「毒殺」で行われました。銃殺の場合、近隣住民に聞こえてしまい、かえって不安を煽ってしまう恐れがあったため、毒殺が奨励されました。硝酸ストリキーネという毒を牛肉に混ぜて食べさせました。食料が悪質だったり、十分になかったこともあり、動物たちの食いつきは非常に良かったそうです。ライオンのように肉を食べてすぐに死んだもの、数日苦しんで死んだものなどとその様子は様々でした。実際に処分された動物たちが剥製になって展示されていました。このような毒殺は、日本中にあった動物園で行われました。

処分された動物たちの剥製です。
こちらのハイエナから新聞紙が出てきました。
1943年の記事だったため、処分されたものだと分かります。
ハイエナからから出てきた新聞紙です。
パネルを基に作成(*実習生作成)
多くの動物が殺されたことが分かります。
これは、判明してるものなので、もっと多くなると思われます。

 この天王寺動物園の猛獣処分では、「ヒョウ」が注目されます。このヒョウは、当時の飼育係である原春治さんが、赤ちゃんから人工哺育で育て、檻に入っていっしょに遊ぶことができるほど慣れていたそうです。また、他の動物と決定的に違った点は、「毒の入った肉を食べなかった」ということです。どうしても毒の入った肉を食べないため、最終的には、職員が首を絞めて処分せざるを得なくなりませんでした。ただ、飼育係であった原さんは、どうしても絞めれなかったらしく、ロープを首にかけるも、檻を飛び出し、別の職員によって絞められました。

こちらが、毒肉を食べなかったヒョウです。
首を絞められる際も一切抵抗することがなかったらしく、飼育係を信用していたと考えられます。
ヒョウを処分する際のアニメーションの1シーンです。
私も見ていましたが、辛かったです。

 このヒョウの場合、付き合いが長いこともあると思いますが、飼育係の原さんの思い入れは、格別だったと思います。私も生物を飼育している側なので、このような辛い思いをする人は、絶対に出てほしくないです。

6.まとめ

 以上が、天王寺動物園の特別展示になります。今回は、博物館実習に参加している学生もおり、彼らも特別展示に関係する展示の作成も行っていました。彼らの作成した展示からも学べることも多かった上、誰がみてもわかりやすく、見やすく作成されていました。
 天王寺動物園には、何度か行っていますが、今回の展示からも「歴史の深い動物園である」ということを感じることができました。前回、来館した時は、二ホンアシカについて記述しましたが、今回の戦争の展示も重ねて考えたら、100年の歴史も培ってきた動物園でないとできないなと感じました。

 私は、日本の歴史なら、近代以降、明治から現代までが面白いと思っており、そこそこ知っているつもりではいます。また、動物園でも、戦争中に悲劇があったことは事実としては知っていたのですが、こんなに悲惨なものだったとは、展示を知るまでは、知らなかったので、衝撃を受けました。
 「災害は忘れた頃にやってくる」
という言葉があります。これは、災害に限らず、「事故」や「戦争」においても同じことだと思います。戦争を起こしてはいけない、繰り返してはいけないと言われますが、そもそも、戦時下で何があったのかを知らなければ、何故、戦争をしてはダメなのかが分かりません。悲劇を一つでも知り、多くの人に知ってもらわなければ、同じ失敗を繰り返すだけだと思います。この天王寺動物園での話も、その悲劇として一人でも多くの人に知ってほしいです。
 また、今回の特別展示以外、つまり、天王寺動物園では、動物園と戦争を伝えるためのモニュメントがあります。慰霊碑とリタとロイドの石像になります。もし、天王寺動物園に行く機会があった場合、これらにも目を向けてほしいです。天王寺動物園では、一時期だけでしか戦争を知ることができないわけではありません。

こちらが動物の慰霊碑になります。
左がロイド、右がリタになります。
鳥の楽園の近くに設置されている石像になります。

・博物館は何のためにあるのか

 最後にこの特別展示と博物館の役割を絡めて終わります。皆さんは、博物館(*歴史・考古系博物館、動物園・水族館等を指す)は、何のためにあると考えますか? 多くの人は、娯楽施設として来館し、実際に生きている生物を見ることや歴史に関する資料を見て、動物の大きさや歴史の深さに感動することを目的としていると思います。つまり、「非日常を体験する」という目的のために行くと思います。私は、この目的を決して間違っていないと思いますし、生きていく上で、なくてはならない体験だと思います。
 ただ、博物館、そして、展示資料は何のためにあるのかを忘れてはいけません。動物の場合はそこに行かないと見られない「珍獣」、歴史の場合はここにしか残ってない「お宝」、これらを集めて一般人たちに見せびらかすための「コレクション」や「展覧会」を行っているのではありません。博物館は、「メッセージを発信するため」の啓発の場です。歴史の資料からは、権力との関係や文化から、当時どのような時代や社会だったのか、生物からは、絶滅しそうなど今の環境がどのようになってしまっているのかなどの背景が詰まっています。その背景を読み解き、私たちに知ってもらうために博物館はあると思います。
 今回特別展示での動物たちも、戦争という悲劇に巻き込まれ、殺されてしまったという背景があります。このことは、語りとして語られ続けるだけでなく、実際の剥製である彼らが今も残ることで、説得力を持ちます。また、剥製になった彼らは、今は命として生きてなくても二度と戦争をしてはならないという「教訓」を伝え続けるためのメッセージとして今もこれからも生き続けます。

 最近、国立科学博物館が、資金難でこのままでは、博物館資料の維持管理ができなくなるという問題がありました。国立の博物館ですら、経営に行き詰っているという衝撃的なニュースでした。これでは、博物館の資料が守れなくなってしまう上、持っている資料のメッセージが伝えられなくなってしまいます。お金がないから、資料を破棄したということがあっていいのでしょうか。本当にこんなことをしてしまったら、歴史の汚点として扱われるだけでなく、伝えなければならないことを伝えるということができなくなってしまいます。
 
特に、今回の場合では、「戦争」が伝えられなくなることを意味します。早く伝えなければならないこと、大事なことは世の中に沢山ありますが、「戦争の悲惨さを伝える」ことは、人類社会において、何よりも大切なことになります。博物館の経営が厳しくなり、その結果、戦争の悲惨さを伝えるために資料が破棄されることを想像したら、私は、ゾッとしました。戦争の悲劇は、この先、何年も先の世代に語られなければならないものです。その資料を博物館が、目先の存続のためだけになくすというとは、絶対にあってはなりません。このような危機的な事態にしないこと、そして、博物館の役割を知り、後世へ伝えることが大切です。今の博物館は、本来やらなければならないことができなくなってしまっている危機的な状況にあります。だからこそ、博物館の資料は、メッセージを持つかけがえのない「財産」であり、そのメッセージを受け取りつつも後世に伝え続けなければならないものです。今回の特別展示と国立科学博物館でのニュースで以上のことを私は、感じました。

 以上になります。ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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