見出し画像

不換通貨論 ~忘れられた日本銀行券の正体~ #002(1章-02) 用語の定義/物品貨幣(商品貨幣)について


用語の定義

 この先の文章を理解しやすくするために、念のために用語を定義しておきたい。

おカネ・通貨・貨幣・マネー・紙幣・硬貨

 先ほど「おカネ」という言葉はそもそも金属を表す言葉だといったように、本書では「おカネ」という表現はできるだけ避け、「通貨(つうか)」や「貨幣(かへい)」と呼ぶ。

 またこの「貨幣」という言葉は、「通貨(マネー)」という意味や、紙幣に対する貨幣、「硬貨(コイン)」という意味で使われることもあるので、可能な限り「通貨」や「硬貨」などと使い分けたいと考えている。

ただし、既にある文章や名称の解説など、文脈によっては「貨幣」をそのまま使用することもある。

兌換紙幣・兌換通貨・不換紙幣・不換通貨

 また「兌換通貨」と「不換通貨」という言葉はぜひ憶えておいてほしい。実はこの言葉は一般的に使われている言葉ではない。

 本書執筆時点(2023年9月)でインターネットを調べても、検索結果に出てくるのは「兌換紙幣」、「不換紙幣」という言葉ばかりだ。(ただし書籍で使われている例は一例発見した)


 日本銀行兌換銀券(だかんぎんけん)や日本銀行兌換券(だかんけん)など、裏付けとなる物品との交換約束がある紙幣のことを「兌換紙幣」(または兌換券)と呼ぶ。

 一方で、現在流通している日本銀行券のように、金や銀など裏付けとなる物品との交換約束がない紙幣のことを「不換紙幣」(または不換券)と呼ぶ。


 しかし本書では、「紙幣」に限定して話を進めるわけではない。

 そこで、これらの紙幣が使われている通貨制度下で使用される硬貨や預貯金も含めて、通貨をひとまとめにして「兌換通貨」「不換通貨」と呼び、それを使用する通貨制度をそれぞれ「兌換通貨制度」「不換通貨制度」と呼ぶことにする。

 

物品貨幣(商品貨幣)について

 もうひとつ知っておいて欲しい「物品貨幣(商品貨幣)」という概念についてここで解説する。

「物品貨幣」とはコモディティ・マネー(Commodity=物品、商品、日用品)(Money=貨幣)を訳した言葉で、貨幣と名付けられてはいるが、つまりは「物品・商品」である。

物品貨幣(商品貨幣)・商品・物品

 まず、商品も物品貨幣も、実態を持つものは全て「物品」の中に含まれる。

 物品のうち、商取引用に提供されているものは「商品」とする。たとえば、山に生えているタケノコは物品ではあるが商品ではない。しかし所有者が販売のために収穫して市場に持ち込むと、それは「商品」になる。

 この商品のうち、腐敗しにくい、持ち運びやすい、一定の品質を保ちやすい、などのいくつかの条件を満たしたもの、たとえば家畜や穀物、布、革、茶、塩、油、貴金属が、商品を交換する際の仲介の品として現在の通貨のように使用されていた。これが「物品貨幣(商品貨幣)」である。

 この商品例のなかに「貴金属」が含まれていることに注目して欲しい。

 金貨や銀貨は、貨幣・通貨でありながらそれ自体が貴金属という商品でもある、という意味で、米や布などと同じ「物品貨幣」の一種である。

兌換通貨は物品貨幣の一形態である

 兌換通貨は、金貨や銀貨などと交換の約束がされている通貨であることはすでに説明した。

 金貨(金)や、銀貨(銀)も物品貨幣の一種であるが、兌換通貨が兌換する対象は金や銀に限らず、米兌換券10㎏(お米券)なら米10㎏であり、特定の量の、特定の商品との引き換えが約束されていれば、それは兌換券(兌換紙幣)といえる。

 なお、「お米千円券」という場合には物品と価格が指定されているだけで、その量が約束されていないので兌換券とは言えない。

 ところで、歴史的には「紙幣」は「物品貨幣」よりもあとに登場する。これは紙や文字の発明が、油や穀物よりも遅れて登場していることと、物品を直接運搬することの不便さを解決するために、紙に「特定の物品の量」を書き込んで、物品の代わりに運搬するものが兌換券(兌換紙幣)であるため、元となる物品貨幣の存在がその前提となるからである。そのため、「兌換通貨」の話をする場合には必ず、その裏側になにか兌換の対象となる「物品」が存在している。

 そういうわけで、『兌換通貨』は物品貨幣の一形態(実物を持ち運ぶか、チケットで持ち運ぶかの違い)なのだが、『不換通貨』は特定の物品とのつながりがないため、物品貨幣ではない。


 本書では「物品貨幣と不換通貨」ではなく、「兌換」「不換」と表現したほうが言葉の対称性や、本書で扱う内容に適していると考えて「兌換通貨と不換通貨」と表現する。

物品貨幣(兌換通貨)の弱点はコスト

 こうした兌換通貨制度の大きな弱点は通貨を成立させるための大きなコストである。

 すでに説明したように、兌換通貨は物品貨幣の一種で、物品の引換券である。そのため基本的にはその物品が存在する量以上に兌換通貨を発行することはできないし、発行されている兌換通貨の裏付けとして、物品引換えの約束を実行できるだけの量の物品が必要になる。

 仮に、価値が等しいと思われる商品Aと商品Bを交換するために「物々交換」でよいならば、この二つの商品があれば交換は成立する。しかし、取引の都度、相手を探すことは難しく、物々交換やそれに類する経済は貨幣経済によって淘汰されたといえる。

貨幣が増加するにつれて、物々交換の不利益と不便は取り除かれる。貧困者や無職者は雇用され、より多くの土地が耕作され、生産物は増加し、製造業および商業は発達し、土地所有者の生活は向上し、人々は彼らに以前よりは依存しなくなる。

経済思想家 ジョン・ロー 「貨幣と交易の考察」

 貨幣を利用して取引を行うようになると交換効率は上がるのだが、この商品Aと商品Bを交換するために、それぞれを仲介するための潤沢な貨幣が無ければ、徐々に効率が悪化する(商品に対する貨幣の量が0%の場合を「物々交換社会」とし、貨幣の量が100%に近づくほど効率が上がる)。そのため、仲介(貨幣)となるための別の商品Cが、他の商品の総価値と同じかそれ以上存在するとき、最も効率的となる。

貨幣として用いるために適していた金属類

 この仲介する商品Cに適した商品として、アダム・スミスは次のように分析している。

しかしながら、どこの国においても人々は、反対しようのない理由から、貨幣として用いるために、他のあらゆる商品に勝るものとして最終的に金属類を選ぶことに決めたように思われる。金属類ほどもちの良いものは他にないのであって、金属は他のどんな商品に比べても保存による損耗が少ないばかりか、何の損失もなしに任意の数の部分に分割できるし、またこの分割部分は、損耗なしに溶解によってふたたび容易に一つにすることもできる。この性質こそ、同じように耐久性のある他のどんな商品にもないものであり、そしてこの性質が、他のどんな性質にも勝って、金属類を商業と流通の用具に適するものにしているのである。

アダム・スミス 「国富論」

 家畜を分割すれば死んでしまうし、ダイヤモンドを砕けば元には戻せないうえに価値も下がる。つまり貨幣に利用するために便利な性質を持った貴金属(金や銀)が、取引の仲介となる通貨に適しているというのだ。

 こうした貨幣とする金属(商品C)は、商品Aと商品Bの総額と一致する場合、通貨の量が100%足りていると言える。この状態を維持するためには、社会が発展して商品Aと商品Bが増えるに応じて、誰かが貨幣とする金属(商品C)を採掘などして新たに供給しなければならない。

 このことを言い換えれば、常に市場の50%が交換のための資産で占められている状態で無ければ、通貨による円滑な取引が出来ないということだ。

【商品Cを仲介とする社会の図】

 ちなみに貴金属以外で米や小麦などを通貨にする場合には、収穫不足や過剰消費などで通貨の増減が激しくなってしまう。

 貨幣の量が不足していても取引は成立するが、貨幣が不足した分だけ貨幣による恩恵、利便性を受けることができなくなる。市場に貨幣が不足して貨幣化ができないときには、信用での取引(いわゆる「つけ払い」)が発達する場合や、米や麦などの物品貨幣に戻る場合もある。

不換通貨は通貨を用意するコストが安い

 しかし、利用している通貨が不換通貨だった場合はどうだろう。紙とインクで作られた紙幣をつくるだけで良いのだから、兌換通貨と比べて通貨製造のコストが非常に低くなる。

 市場に100の商品が存在するときに、兌換通貨社会は「金(きん)」を同量の価値、つまり金100を用意しなければならない。合計で200の商品が必要になる。しかし紙幣の価値を1とすれば、不換通貨社会ではたったの1だけを追加して、101を用意すれば足りる。

 社会が発展することで商品が10000に増えると、兌換通貨を使う集団では合計20000を生み出さねばならないが、不換通貨であれば1を追加した10001で足りる。

 このように、不換通貨は兌換通貨に比べて「商品の交換」という目的に対して圧倒的に効率的なので、戦争など非常事態で金や銀の準備をする余裕がなくなると、金の交換停止と不換通貨制度への移行が行われるのが常である。

 ナポレオン戦争でも、アメリカ独立戦争でも、日本の西南戦争でも、第一次・第二次世界大戦でも、兌換通貨は不換通貨へ切り換えられている。

兌換通貨を揺るがした恐慌と戦争

 先ほど「戦争など非常事態で金や銀の準備をする余裕がなくなると、金の交換停止と不換通貨制度への移行が行われるのが常である」と言ったが、くわしく説明しよう。

 いったん戦争などの緊急事態が起こると、経済は非常事態体制に入る。そこでは裏付けとする金貨をわざわざ準備する時間も手段も無くなるし、通貨が足りないからといって取引を先送りにしている余裕はない。また平時には必要とされていた金貨であっても、戦争という非常時には食べることもできず、武器としても使えない金貨の価値は他の物品に比べて明らかに下落する。

 金貨を握りしめて飢え死にしたい人間はいない。餓死の危機を前にすれば、ジャガイモの方が高価になる。

 このような危機的状況でありながらも、敵と戦うために生産活動は従来以上に奮起させる必要が生じる。そこで、兌換通貨制度を採用していても戦争になると「兌換停止」を実施して、裏付けを持たない不換通貨制度に切り替えることになる。

 実際に、イギリスはナポレオン戦争の影響で1797年から1821年まで金兌換を停止し、その後も、第一次大戦と第二次大戦の期間中に世界各国が金本位制を停止した。日本も西南戦争で不換紙幣を発行しているし、第一次大戦と第二次大戦では金本位制を停止している。

天然資源の流通量はコントロールできない

 金本位制において貨幣の量は、限りある物品である「金」と結び付けられているが、「金」という天然資源の供給量は人間の都合で経済規模に合わせてコントロールすることはできない。膨大な量の金の発見や、採掘技術の進歩があれば、通貨の供給が過剰になり急なインフレが起こる。

 反対に、金の供給が経済の成長速度に追いつかずに不足すると、金の価値が上昇して通貨不足になる。相対的に物価が下がってデフレが起こり、経済が衰退する。

 このように、金の量が必要に応じて増えない限り、経済が自然に発展していくことでも相対的な金不足が起こるため、経済が衰退することになる。

 これを避けるためには、外国との間で金の奪い合いを行うほかなく、貨幣資源の奪い合いが戦争の火種となる。

 そして戦争になるたびに、金や銀を必要とする非効率的な「兌換通貨制度」を撤回して、効率が良い「不換通貨制度」が採用される。そして戦後は増えた通貨と失われた供給力のために物価が高騰して、そのたびに不換通貨制度が物価高騰の原因かと疑われ、金本位制に戻す、というようなことが繰り返されてきた。


 戦時に使われるものは、平時に使われるものよりも実用的で高機能な、いわゆる「ミリタリースペック」と呼ばれる高機能なものがある。貨幣制度においても戦時には、兌換通貨制度よりも効率がよい不換通貨制度が採用されてきたのだろう。兌換通貨経済の崩壊に対処するために、地方政府等が特別な地域限定通貨を発行する試みも実験的に行われてきた。

 過去たびたび起こった戦争が、金銀による裏付けがなくとも貨幣経済が回ること、より大きく成長させられることを明らかにした。

 詳細は後ほど説明するが、アメリカが金とドルの兌換を停止した1971年以降は、世界中の通貨が不換通貨に切り替わり、各国は国際的な経済戦争を行っている。

#経済 #通貨 #紙幣 #MMT #財務省 #日本銀行 #財政破綻 #積極財政 #緊縮財政 #氷河期 #財政赤字 #財政規律 #少子化 #インフレ #デフレ #不換紙幣

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?