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【小説】 おぞぞ

息子が保育園から帰るなり、「人は死んだらどげなるん?」と聞いてきた。

どうやら園の絵本で習ってきたらしい。妻も困った顔をしていたから、帰りの車内でも聞かれたのであろう。

いつか息子に聞かれると予想していたものの、いまだにその答えは見つかっていない。亡き祖母のように虚仮の一念で極楽浄土を思い続けることもなく、かといって天国があるとも思えない。ましてや、何もなく「無」になるとは、ちと寂しい。「おとうも死んだことないけん、よくわからん」というのが正直なところだ。

「まだまだお前が死ぬのは先のことだがね」と、やんわり答えをかわそうとした。

すると、息子は「でも、おとうは先に死ぬがね」と嫌なことを言う。

何とか息子を安心させようと、こう言ってやった。

「おとうは死んでも、草葉の陰からずっとお前を見とうけん」

息子は、ぎょっと驚いた顔をした。

「お前は大人になって好きな人と結婚し、いつか子供ができる。歳をとり、おじいさんになり、孫もできる。そして、寿命が尽きて死ぬその日まで、お前をおとうはずっと見とうけん」

それはほんとうのことだ、と思った。

すると息子はちょっと考えて、

「それは嫌じゃ。出て来んで!」と言った。

「何が嫌じゃ? ただ、見とうだけだわね」と言うと、

「だって、おぞいがね」と言う。

どうやらお化けと勘違いしているらしい。

「そげん、おぞいかや?」と重ねて聞くと、

「おぞぞ」といった。

息子は嫌な顔をし、私は微笑んだ。

【おわり】



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