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ワッフルとサバの味噌煮(小説)

1年前、合コンで知り合った彼と、その日のうちに寝てしまった。人生って楽しければいいと思っていたけれど、こういう恋愛を素直に楽しめる年齢ではなくなってきているとも感じる。

そのまま、ずるずると彼と行動を共にすることが増えた。晩ご飯を食べて、そのまま彼の家に泊まる。そしてそこからダイレクトに出勤する。

「私たち付き合ってるのかな?」

なんてもう怖くて訊けない。実際のところ、きっとセのつくそういう関係なのだろうけど、彼はそれとなく誤魔化すに違いない。

「会いたいから今日も行くね」

そうLINEしてから、コンビニでたこわさとワッフルを買った。お酒は何本か冷蔵庫に入っていたのをきのう確認してある。

鍵は開いているのでいつも勝手に入る。家にいない日は「今日はダメ」と連絡があるので、連絡がない日はOKということだ。

「また甘いもの買ってきたの?」

おそらくシャワーを浴びたばかりの彼が呆れたように言った。

あいにく、社畜の私にはコンビニのスイーツから得る糖分しか心の拠り所がないのだ。

座ってワッフルに手をつけると、

「…あの、食べれないんだけど」

後ろから不意に抱きしめられた。

彼の唇は既に私の耳を噛んでいた。

🍒🍒🍒

「結局ね」

ぐちゃぐちゃの髪を手ぐしでかるく梳かしながら、私は切り出した。

「結局、このワッフルみたいな関係なのよ、私たちって」 

「クコちゃん、全然意味分からない」

彼は不服そうにそう言った。こういう時に真っ先にタバコを吸いにいく人なら、私はもっと簡単に嫌いになれたんだろうか。

「あのね、ワッフルって妙にしっとりしてて、それでいて引くほど甘いでしょ。潤也くんと過ごしてると、そんな風に感じることがあるの」

ワッフルの快感は刹那的で、すぐになくなってしまうのも同じだ。

ベッドから起き上がった彼は、パンツを穿いて何故か正座していた。

「ワッフルって悪くないと思うけどなあ」

そう、悪くない。だから1年もこんな関係を続けてしまったのだ。

「私は、サバの味噌煮がいい」

言ってから、でかいペットボトルから直接水をひと口飲んだ。

サバの味噌煮は甘い味付けだけど、優しい味がする。そして手間がかかる。下ごしらえの時点で臭みをとったり、骨を抜いたり。そういう丁寧で優しい関係になりたかった。 

「クコちゃんのそういう意味わかんないとこ、好きだな」 

私はいたって真剣なのに、こういう言い方をされると腹が立つ。なんで軽く好きとか言っちゃうんだろう。全てが腹立たしかった。

「軽々しく好きだなんて言わないで」

🎈🎈🎈

「それってさ」

震えるような声で彼が切り出した。

「なに」

私は世界卓球の選手のような反応速度で聞き返した。頭の中でカコンと音がする。

「いや、なんていうか。そういう風に考えてもいいってこと?」

「ハッキリ言ってくれないと分からないよ」

本当に分からなかった。考えてもいい、ってなんだ。期待する自分をガッカリさせないように必死に押さえつけていた。

「だから!ちゃんと結婚を前提に付き合ってくれますかって」

彼が真っ赤な顔でうなだれていた。酔っているせいでも、パンツ一丁で正座という恥ずかしいポーズに気づいたからでもなさそうだった。

「ずっと前から言おうと思ってた。クコちゃんって妙にドライなところあるから、このまま都合のいい関係を望んでるのかもって思ったら言い出せなくて」

彼はぽつりぽつりと言葉を零すように話した。

「結婚を前提に付き合ってほしい…です」

呆気にとられたまま、私は素直な感情を口に出していた。

「サバの味噌煮を作ってほしい…って言うのは今の時代良くないな。うん、作ってもらったり作ったりしたい」
 
思わず彼を抱きしめていた。嬉しくて、幸せで、笑みがこぼれた。火照ってた彼の頬を触るとあったかくて気持ちがよかった。

卓上にある手付かずのワッフルは、すっかり乾燥してしまっていた。

(おわり)


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