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チョコからの手紙(小説)

「久しぶり!この度、ケーキ屋さんをOPENすることになったよ!!私のこと覚えてるかな?よかったら食べに来てね」

意外な人から通知が来ていた。小学5年生のころ同じクラスだった女の子だ。その子は中学受験をして別々の中学に行ったけど、成人式で再会して連絡先を交換した。なんてことのないただの同級生だ。

ケーキ屋さんか。俺たちは今年で28になる。歳をとったとは思うものの、それでも自分のお店を持つにしてはかなり若い方だろう。

それにしても、ピッタリの職業だ。彼女なりに頑張ったに違いない。

17年前、彼女はチョコと呼ばれていた。

🍫🍫🍫

チョコというのは本名の「千代子」をもじったあだ名で、それだけだと可愛い由来なのだが、ひとつ問題があった。

彼女の地黒な肌の色を揶揄する意味合いがあったのだ。

俺は当時から冴えない男子で、クラスでも目立たない方だった。

チョコは反対に元気のいい活発な女の子で、クラスの中心人物だった。

「お前さ、冬なのになんで日焼けしてんだ?」

岡鍋という男子がチョコをよくからかっていた。岡鍋は典型的なジャイアン的存在で、小5にしては体格も良く、比例して態度もでかいやつだった。

「元々黒いの!」

チョコは腕をたくし上げて岡鍋に見せつけた。小さい声でバーカと言うと、不似合いな岡鍋のランドセルを軽く叩いた。「お前、パワーも男子よりあんじゃねえか」とまた岡鍋は笑う。

一見、冗談で済んでいるかのように見えた。

でも俺は知っていたのだ。

チョコが帰り道、一人で泣いていたことを。

☔☔☔

チョコは声も出さずに泣いた。小麦色の腕で目をごしごしこすった。涙で色素を落とそうとしているようにも見えた。

俺はチョコのことが好きだった。淡い11歳の恋心だ。でもぱっとしなかった俺は話す勇気もなくて、いじめに苦しむ彼女を遠くで見守ることしかできなかった。

俺が岡鍋よりパワーも背丈もあって、ぶん殴れたらどれだけ良かっただろうと本気で思った。「ドラゴンボール」みたいに、拳を握って力を込めれば髪が金色になってすごい力が湧いてくればいいのに、と願った。

でも俺は弱々しい俺のままで、岡鍋やその取り巻きが誰かをいじるのを見て見ぬふりするしかなかった。

🍎🍎🍎

「おーい、チョコ、腕でウンコでも拭いたのか?」

ある日の放課後、教室を出ようとしたチョコにまた岡鍋がちょっかいを出した。

やめろ、と俺は心の中で言った。チョコの肌はうんこなんかじゃない。

チョコはこの日ばかりはさすがに強情を張れなかったらしく、言い返そうとする声が震えていた。

我慢できない、言おう、今日こそ言うんだ。俺は岡鍋には勝てないけど、でも言うんだ。チョコを悪くいうのはやめろ、と。

「おい、岡鍋」

俺はチョコ以上に震える声で絞り出した。

「ちょ、チョコは甘くていい香りがするんだぞっ、おま、お前それでもウンコとか、言うのかよっ」

この時の絶望感を今でも覚えている。岡鍋に萎縮したせいで、脳内の台本とは全く違うかっこ悪いセリフを吐いてしまったからだ。

岡鍋は急に割って入ってきた俺に驚いたようだったが

「うるせえな、城田。チョコでもウンコでもどっちでもいいんだよ、バカ」

と俺を睨んで吐き捨てた。「いこうぜ」と言うと、取り巻きと一緒に去っていった。

俺は怖くて、情けなくて、泣いてしまった。チョコが服の袖で涙を拭ってくれた。本当にいい匂いがしたのを覚えている。

🍋🍋🍋

それからのことは漠然としか覚えていない。俺が情けない啖呵を切ったのが功を奏したのか、岡鍋のチョコへのいじめはマシになったように記憶している。

あれからチョコとは会話をすることもなく、小学校を卒業して別々の中学に行った。成人式で再会した時も「あんまり雰囲気変わってないね」くらいのやりとりをして、なんとか連絡先だけ交換した程度だ。

スマホをスクロールすると、チョコからの連絡には続きがあった。

「城田がさ、あいつに言い返してくれた時、私がどれだけ救われたと思う?」

目を疑った。俺が?あの情けないセリフが?冗談はよしてくれ。

「城田がああ言ってくれて、私は自分の肌の色をちょっとだけ好きになれました。そして嫌いだったチョコレートをまた好きになることができました。夢だったパティシエールをめざして頑張ろうって思えたのも、城田のおかげなんだよ」

俺は泣いていた。17年前、今以上にどうしようもないガキだった俺が精いっぱい振り絞った勇気が、チョコを救っていたのだ。

文末には写真が添えられていた。

白衣を着て、ハンドミキサーを構えているチョコの姿があった。白い服に小麦色の肌がよく映えていた。

俺はスマホに打ち込んだ。

「こんどケーキを買いに行くよ。とびっきり甘いチョコレートケーキを用意しといて」

(おわり)



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