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デンマークのマタニティハラスメント

本稿は、2016年5月25日に発行したものを、再編集したものです。

2016年、幸せの国第1位[1]に返り咲いた国デンマーク。

そのイメージは、幸福、福祉国家、ジェンダー平等と日本が目指すべき国家モデルを兼ね備えているように見える。では、そんなポジティブなイメージの強いデンマークには、一切の問題もないのだろうか。

世界経済フォーラムが発表している男女平等指数(ジェンダーギャップ指数)の2015年度ランキング[2]によれば、デンマークは世界14位、日本は101位となっている。日本の順位の低さもさることながら、デンマークは北欧諸国で唯一トップ層には入っていないのである。(1位よりアイスランド、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン)

デンマークの「ジェンダー平等」のイメージの裏には一体どんな問題があるのだろう。本稿では、2016年1月に発表されたデンマーク人権機構(the Danish Institute of Human Rights)の調査より、デンマークの労働市場におけるマタニティハラスメントの実態について考えていきたい。

マタニティハラスメント(マタハラ)
職場において妊娠・出産を理由に解雇・雇止めされること、また妊娠・出産にあたって職場で受ける精神的・肉体的なハメスメント。[3]

「マタハラ手帳」日本労働組合総連合会 

デンマークのマタニティハラスメントと性別役割分業の考え

2016年1月に発表されたマタニティハラスメント(以下マタハラ)に関する調査結果[4]によれば、デンマークの法規制では妊娠・出産に伴う労働市場での差別を禁止しているにもかかわらず、少なからず差別やいわゆるマタニティハラスメントが存在するとしている。実際に45%の女性、25%の男性が妊娠や育児休暇取得に伴った差別を経験している。

具体的な例としては、以下のようなものがある。

  1. 9人に1人の女性が子供を持つ予定であることを上司に伝えた際、ネガティブな反応を受けた経験がある。ネガティブな反応として、嫌がらせの発言や契約内容の変更、解雇などが挙げられている。

  2. 育児休暇を取得する旨を伝えた男性の多くが、同僚の男性社員などから休暇取得に関して皮肉めいたネガティブな発言を受けた。例えば、「長い休暇を楽しめよ。」といった発言。

デンマークでは法により男女ともに育児休暇の取得と元の職場に戻る権利が与えられているが、5人に1人の女性が育児休暇から戻った後の職場環境が悪くなったとしている。

加えて7人に1人の女性が、妊娠中の職場における嫌がらせを理由とし育児休暇後に職場に戻ることを諦めている。また職場復帰したうちの12%の女性が望まない新しい仕事を任される、責任の少ない仕事につかされるということを経験している。

このようにデンマークにおいても男女共に妊娠や育児休暇取得に伴う差別が存在していると認識されていることが分かる。

日本のマタニティハラスメント

厚生労働省の委託を受けた労働政策研究・研修機構の調査によれば[5]、働いていた企業で妊娠、出産、未就学児の育児を経験した者に対する、妊娠などを理由とした不利益な扱いの経験率は21.4%であり、企業規模が大きいほど経験率は高くなることが分かった。特に立場が弱い派遣労働者などの場合、経験率は45.3%と非常に高くなっている。

内容としては、最も多かったもので47%にのぼる人が上司などから「迷惑だ」「やめたら?」などといった嫌がらせの発言を受けたというものであった。

考察

ジェンダー平等社会デンマークでも課題

先述した調査レポートによると、産む性であることから生じる不利益、妊娠・出産を機にキャリアを途中で断絶せねばならないリスクから生じる差別は、ジェンダー平等が推進されたとされるデンマークであっても課題として指摘されていることがわかった。ここにみられるのは身体的な性差という根源的な問題であり、社会制度が充実した福祉国家であっても避けられない課題であるということが読み取れる。

デンマーク、オールボー大学教授のAnette Borchorstも、「デンマークにおいて完全なるジェンダー平等が達成されているという過剰な賞賛は少し非現実的である。」[6]と述べているように、ジェンダー平等の達成には多くの壁が立ちはだかっている。

内面化する日本のマタハラ

デンマークと日本における調査においてそれぞれの数値を単純に比較した場合、大まかにいってデンマークでの差別経験率は大きく、その数値は日本の平均と比べると倍以上になる。これは日本の現状がデンマークに比べてましということなのだろうか。もちろん日本においても先進的な企業や職場においては、こうしたマタハラを防ぐ施策を実施している企業も存在するだろう。しかし一方で考えられるのは、日本社会において、マタハラをある種「内面化」している現状があるのではないかということである。

マタハラという言葉を知っている人の割合は2013年には20.5%から2014年に63.2%と急激に増加しているという調査結果[7]を考慮すると、もともと妊娠や出産に関わる差別に対する問題意識は、セクハラ・パワハラといった問題に対するよりも低かったのではないか。つまり、「女性だから、産む性だからある程度風当たりが強くなっても仕方がない」という意識が、潜在的に差別を差別として認識することを妨げているのではないかと考えられる。それに対しデンマークでは、こうした差別に対する問題意識が日本に比べて強いために、調査においても数値が高く示されているのではないか。したがって、どちらの国の状況が良いという結論ではなく、こうした数値が現れる社会背景も含めた分析と、各々が抱える問題解決に向けた努力が必要とされるのだろう。

おわりに

近年日本において「北欧」という言葉からはポジティブなイメージが連想されがちである。しかしその北欧デンマークでさえ、必ずしも完璧な平等社会を実現できているわけではない。私たちは、北欧礼賛に終始するのではなく、各々の国の根底にある問題を見極め、そのうえで解決策を模索していくことが必要だろう。

参考文献

[1] 国際連合(UN)世界幸福度報告書2016 https://worldhappiness.report/
[2] The Global Gender Gap Report 2015 https://reports.weforum.org/global-gender-gap-report-2015/
[3] 「マタハラ手帳」日本労働組合総連合会 
[4] Diskrimination af Foraeldore 
[5] 「妊娠等を理由男する不利益取扱い及びセクシュアルハラスメントに関する実態調査」結果(概要)
[6] Danish mothers lose 10 percent of their earning power for every child they have, Copenhagen Post. 
[7] 第2回マタニティハラスメント(マタハラ)に関する意識調査、連合非正規労働センター


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