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文化がもたらす価値観・美意識が、身体操作に与える影響とは-


「腰を落とせ」という言葉は、日本のスポーツ界では非常によく使われる。
野球のゴロを捕球・サッカーでの構えやコンタクト・相撲の基本姿勢など、日本で何らかの競技を行う時には耳にしないのが難しいぐらいメジャーな存在だ。

私が身体操作を指導する多くのプロ選手たちも、全員、腰を落とせという指導を受けた経験があるようだ。

私は、この言葉を単なる指導言語ではなく『文化が言葉とスポーツパフォーマンスに影響を与える典型例』として注目している。



Vol.1
スポーツパフォーマンスの向上には
言葉の定義と文化の影響が不可欠である理由。

前回記事では、言葉とその解釈がパフォーマンスに及ぼす影響の一例を挙げて言葉を定義(限定)する重要性を述べた。
今回はそれを前提として文化が身体操作ひいてはパフォーマンスに影響を及ぼす関係性について述べる。



■文化が”身体操作”に与える影響

結論から言うと、文化が身体操作に影響を与えうる要因となるのは身体観価値観だ。美意識と言ってもいいかもしれない。
そもそも、言葉の解釈というものは文化(価値観)の影響を受ける。


”正義”や”幸せ”の解釈が文化圏によって大きく異なるのがその例である。


同じワードであっても、文化という背景によって”発祥国””外国”の間では含まれる情報(解釈)が異なる。
含まれる情報が異なることによって、そこから引き出される行動・感情・身体操作は別物になる場合がある。



スポーツにおいて使用される「動きや状態を表す言葉」の解釈は、その文化圏における身体観・価値観をもとに構築される。
そして「解釈された言葉」は、チームでの会話や指導、試合解説や実況(メディア)、知人との会話という形を通して選手たちの身体操作に色濃く影響を与えていくことになる。



使われる言葉が、身体操作に影響を与える。
なぜこのようなことが起こり得るのかというと、人間の動きというものは言葉によって意識を”向ける”先が変わるからだ。
意識を向ける先が変わると、感覚が変わる。
感覚が変わると、動きが変わる。

例えば「今あなたが着ているシャツの襟足の感覚に意識を向けよ。」という”指導”によって今まで意識していなかった感覚に意識が向けられる。

向ける意識が変わると、感覚が変わり、姿勢や動きが変わる。



スポーツにおいて、この作用に大きな役割を担っているのが「指導で使われる言葉」だ。
指導側の言葉によって選手の向ける意識が方向付けられ、感覚の変化(気づき)を引き起こし、身体操作へと影響していく。


指導による身体操作の価値観への影響例
フィードフォワード:腰を落とすのが基本だ(そうすれば上手くなる)
フィードバック:今のは腰を落とせていて良かったぞ。
(「腰を落としていたから上手くいった」という自己フィードバックも起こる)



■日本文化の身体観・価値観・美意識

では日本における身体観・価値観・美意識がどのようなものであり、それがどのように日本人選手の身体操作に影響を及ぼしているのだろうか。

身体操作の観点から考えると、最も特徴的なのは「重心」だ。

もっと具体的にいうと、日本文化は”低”重心な文化である。
「安定感・どっしり感」心身ともに好む。


不安定よりも安定を好み、フラフラ感よりもどっしり感を求める。
肉体だけでなく精神的にも同じことが当てはまる。
このことは漢字、低重心の象徴とも言える「重」という漢字の扱いにも現れる。


重:重要、重宝、貴重、重厚、尊重、重視、厳重など


このような価値観の傾向がどのような身体操作を引き起こすかというと、「腰を落とす」という状態である。
日本スポーツにおける「腰を落とす」とは、すなわち重心を落とすことを意味しており、決して膝を曲げる・背中を低くすると言った意味ではない。


英語:「腰を落とす」
Bent your knees
Lower your back
Lower your Hip
*そもそも英語には日本における”腰”という部位をダイレクトに現す言葉がない
日本語:「腰を落とす」
重心を下げるのが主な目的。重心を下げることで”安定感・どっしり感”を得る。



我々日本人は、心身ともに安定感・どっしり感に好感を持ちやすい。
コーチも、選手もである。
そしてそれは無意識レベルの反応として起こるほど我々の身体に染み込んでいる。

プレッシャーがかかった時
失敗できない時
力を出そうとする時


とにかく重心を落として安定しようと試みる。
どっしり感があると”安心する”のが日本スポーツ界の特徴である。

それゆえ日本文化では、高重心を保って動きやすい状態は、「安定していない状態」であり「不安定」と表現されて否定的に扱われてきた。

「腰を落とせ」はその典型例だ。

しかし、これこそが日本のスポーツが”西洋型スポーツ”で勝ち続けることができない大きな要因である。



■競技の”基本”とは

基礎・基本として教えられるものだから、多くの人が疑わずに受け入れてきたのかもしれない。
しかし競技における基本というものは、その競技のあらゆる面に好影響を与えるものでなければならない。
*この点は今回の本題ではないので、今後の記事で述べていきたいと思う。

競技動作の”基本”条件:
その競技全体に好影響を及ぼす身体操作スキルであること

”腰を落とせ”
この動きは、本当に「基本」という認識で良いのだろうか。
本当にその競技全体に好影響を与える身体操作の獲得につながるのだろうか。
それを論理的に紐解いていくために、私は文化による影響という側面を用いて考察するべきだと考える。(バイオメカニクス的な考察は当然のこととして)

あらゆる問題は、最終的には論理的に回答を導く必要がある。
論理的の対極は感覚的・経験的。
これらは一個人の主観に占める割合が高い。
つまり多くの人が共有できないものがベースとなっている以上、長期的には”脆弱なシステム”である。
感覚や経験を背景にすることを受け入れつつ、それを論理的に考察・検証し、合理的な結論を見出すというスタンスを構築しなければ、世界に遅れをとっているであろう部分を埋めることは決してできない。



■西洋スポーツと日本スポーツの違い

その国で発祥するスポーツは、その国の文化の特徴を色濃く反映する。
それゆえ”国技”には国民が熱中するスピリッツのようなものが宿る。
その国の文化を反映するということは、身体観も反映する。

例えば、明らかに高重心系スポーツであるサッカーであれば、高重心系の文化圏であるイングランド発祥。イギリス人は高重心系。
低重心系スポーツである柔道、相撲などは、日本発祥。日本人は低重心系。


つまり、日本人がサッカーしているという状況は、”低重心系の人”が”高重心スポーツ”をやっているという構図である。

高重心系に位置する文化圏、例えばヨーロッパなどは、”そのまま”で大きな問題は起こりにくい。
しかし、低重心である日本の場合はよほど慎重にならないとリスキーだ。



高重心で有利になるスポーツで、低重心で挑むとどうなるか。


それは必要以上に”どっしり感”を得ようとしてしまうことであり、動き出しやフットワークなどサッカーのほぼ全方面に対してバイオメカニクス的にみて”悪影響”を引き起こす。

*ちなみに、ここでいう低重心・高重心とは、決して外見的に計ることができる重心位置だけに留まらない。身体・空間のどこに感覚を置くのか、どこに意識を置くのかなど包括的なものが含まれる。なぜなら”文化”による影響を受けているからだ。

このことはサッカーだけでなく、あらゆる西洋系スポーツにおいて同様のことが言える。

文化(身体観・価値観)が反映されたと考えられる”基本”:
軸足でしっかり踏ん張れ
”どっしり”と安定せよ
不安定は良くない
肘を上げろ
胸を張れ
しっかりボールを見ろ
”ブレない体幹”を作れ


私は、今回書いたような文化と身体操作の関係性を考慮せずに行うトレーニングは非常にリスキーだと考えている。
なぜなら、現在主流となっている大半のトレーニングは”西洋系”つまり高重心系の者が行う前提を持っており、『低重心の者が高重心を獲得する』というシステムを持っていないからだ。



全てはパフォーマンスアップのために。



中野 崇 @nakanobodysync


1980年生まれ
フィジカルコーチ・スポーツトレーナー・理学療法士
JARTA 代表
株式会社JARTA international 代表取締役
イタリアAPFトレーナー協会講師
イタリアプロラグビーFiammeOroコーチ
ブラインドサッカー日本代表フィジカルコーチ|2017-
プロアスリートを中心に多種目のトレーニング指導を担う。
Instagram:https://www.instagram.com/tak.nakano/
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中野 崇

1980年生まれ / フィジカルコーチ/ スポーツトレーナー/ JARTA代表 / イタリアAPFトレーナー協会講師 / イタリアプロラグビーFiammeOroコーチ / ブラインドサッカー日本代表フィジカルコーチ / HP:http://jarta.jp
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