「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり」

明治〜昭和初期の後藤新平の言葉をヒントに、人を育てることとM&Aを含めた経営のバトンタッチについて考えてみました。

金儲けありきよりも、人を育てていく重要性などを説く文脈で多方面で引用されている名言です。

(後藤新平の詳細については様々な専門家による研究・文献などがありここでは割愛しますが、“謀反人の子”と蔑まれる逆境からスタートしながらも明治〜昭和初期にかけて医師・官僚・政治家として活躍した人物です。様々な業績の一部としては、科学的・生物学的なアプローチで緻密でアカデミックな調査を通じてファクト(事実)を集めて積み重ねたうえで政策に反映して行政において実績を出したり、関東大震災から東京を復興させるだけでなく未来にも通じる壮大な都市計画を提唱し、その一部しか実現されなかったものの大きな功績を残したと言われています。)

実際には、冒頭の名言に続く言葉があり、「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり。されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し。」という言葉でした。

大雑把な解釈としては、人を育てることが最も大事ですが、そのためには事業を通じて人を育てる必要があり、事業を保つには財も必要、という意味だと理解しています。

言うまでもなくこれは現代にも通じる大きなテーマと考えます。

最近でも、グローバルな事業を一代で築き上げてきた著名な事業家・起業家の孫正義氏(ソフトバンク創業者)、柳井正氏(ユニクロ創業者)などに関して共通の課題として、「後継人材は育っているのか」といったことがメディアでもよく取り沙汰されてきたことからも、希代の事業家・起業家にとっても容易な課題でないことは明らかです。

ここで思い出したのは、ある経営者が語っていたご経験です。その経営者は創業時、事業の特性も考慮しながら最も早く立ち上げ成長を加速すべく、自分ではない人物を社長に担いで、事業を開始しました。数年後に事業が順調に拡大し、いよいよ自分が社長となる機会がやってきました。そのとき、大株主である人物が祝福のメッセージとともに語りかけました。「社長にとって最も重要な仕事は何だと思いますか?」聞かれるほうはリーダーシップや経営戦略を思い浮かべがちかもしれませんが、「次の社長を見出し育てることです。」と続けたと言います。実際、その経営者は10年以上は自分で経営するなかで次の社長を見出し育て、次の社長にバトンタッチをし、見事に事業は更に成長しました。

この点について、創業経営者やGEなどのような5〜10年は社長の在任期間がある企業の社長が考えることと、2〜3年で社長が交代する前提の日本の多くの上場企業のサラリーマン経営者が考えることは、時間軸や組織の成り立ちの違いの観点から異なることも多そうですが、「自分がいなくなっても成長を続けられる経営人材をどう見出し・育てるか」という観点では共通点の課題もあると考えます。

また、最近のベンチャー起業家の観点では、0→1や1→10を生み出すことに最もやり甲斐を感じ得意とする連続起業家が日本でも増えており、10から100は上場前後で社内の別の人材に任せたり、M&Aで更に事業を伸ばせそうな会社に売却したりする事例も増えてきております。

こうした場合でも、1もしくは10の段階に行くまでに「自分無しでも成長が続く仕組みとそれを維持・発展させられる人材」ができていれば、そのまま自分でドライブしてIPOを目指す場合の上場準備も円滑になる(上場準備・審査の重要な項目の一つに、特定の経営者への依存度の高低や事業の持続的な成長可能性がある)ことはもちろん、M&Aで更に事業を成長を加速できそうな買い手企業に売却する場合の買い手候補の選択肢が増えることにも繋がります。

当然ながら、ベンチャーキャピタル(VC)による投資や、事業会社やバイアウト・ファンド(PE)によるM&Aにおいても、そもそも経営者がどういうタイプか、どういった人材を育ててきたか、そのうえでどのように維持・発展が可能か、といった点は、投資・M&Aのスタイルによって重視する点は異なるものの、最も見られている点の一つです。

VCファンドの場合は、壮大なビジョンとそれに向かうバランスの良い経営チーム構成が理想なのはもちろんですが、仮にワンマンな創業社長であってもそのまま急成長して上場が期待できる場合は投資対象になりえるケースもあると思います。とはいえ、そういう場合は上場前後に組織にひずみが生じるケースも多く、上場後の持続的な成長可能性やM&Aなど、VCとして幅広いEXITの選択肢をもっておく観点では人が社内に育っていること、育つ風土や必要に応じて外部人材も前向きに受け入れ可能な土壌があるほうが好ましいはずです。

Googleの例では、学生寮からセルゲイとラリーという2名の経営経験の無い学生で始まったベンチャーが、セコイアからの投資を機に経営経験が豊富なエリック・シュミット氏をCEOとして迎え入れ、人材採用や育成において様々な仕組み・礎を築き、その後の飛躍に繋がった話は有名です。

事業会社へのM&A売却の場合は、セコイアから出資を受けていたYouTube 共同創業者Chad Hurley氏が、2006年に約2千億円でGoogleへの売却後4年経過してから退任している例があります。M&Aと退任のそれぞれのタイミングで、共同創業者として創業当初のYouTubeにおける思いやビジョンがGoogle への売却後の急成長も含めて実現できそうか・できたか、今後も自分無しでも持続的に成長が続けられる事業の仕組みやそれを支える人材が育てられそうか・育ったか、といった点を熟慮の上での判断であったものと想像します。

PEファンド(ここでは典型的なバイアウト・ファンドやいわゆる企業再生ファンドを想定)の場合は、一般論としては、そもそも特定の経営者個人に依存する事業を投資対象としては好みません。現経営陣を必要に応じて社内からの登用や外部経営人材の起用により入れ替えたり強化することが多いためです。シチュエーションとしては、既に確立された企業ブランドなどを軸に、事業の拡大に伴いメタボ化して遅くなった経営判断や高コスト体質をスリムに改革することなどを得意とするためです。こうした場合でも、そもそも社内に人材が育っていれば、社内政治などによる障害を取り除いてそれを登用するだけで経営改革に繋がる可能性があり、そうしたケースのほうが好ましいはずです。

更に、大企業の一事業部門のリーダーや担当者においても、結局、一生同じ仕事を同じレベルで繰り返すよりは、自分が担当する事業やその一部分の業務が、「自分無しでも回る仕組みとそれを維持・発展させられる人材」の育成に注力すべきですし、そうした取り組みが連続的にできる人材が、大企業でも新規事業やそうした分野での投資やM&Aでの成功確度を上げていくと考えます。

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