見出し画像

誰もやっていないことに挑戦する先に生まれること | 株式会社器 西立野玲

「基本的にビジネスは誰もやっていないことをやらないとダメ」。快活にそう語るのは西立野玲にしたてのあきらさん。西立野さんは実にユニークな発想を持つ人だ。これまで立ち上げた会社の名前は漢字一文字。その字から連想されるイメージを元に、主軸で行う事業を決めていく。

それがたとえ、まったく未経験の業種・業態であってもだ。自らがプロデューサーとしてチームを組み、知識と経験を総動員。仲間とともに実績を築いてきた。

「前例のないことをはじめるのは本当に大変。生半可な気持ちでやると痛い目に遭いますね」と会社を興した当時を振り返りつつ「でもリスクをとったからこそ、ほかにはない強みがあります」とも語る。核心を突く発言が出てきたあとにはユーモアも見せる。話す姿にぐいぐいと引き寄せられる。

唯一無二な発想、会社、事業、そして商品。それらを生み出した立役者でもある西立野玲さんに話をうかがった。


ビジネスの基本は自立することにあり


宮崎港から道路を挟んだ向かい側、宮崎市昭栄町にある株式会社うつわ。同社では缶詰やレトルト品をはじめとした水産加工食品やドレッシング製造を行っている。惣菜缶詰製造に特化した会社としては宮崎県内では初めてであり、自社商品の企画・製造だけでなく、OEMも受け付けている。

産学官連携にも力を入れており、宮崎県立宮崎海洋高等学校との商品の共同開発、それらを活用した「備蓄缶プロジェクト宮崎」など、缶詰の強みを生かしたさまざまなプロジェクトを手がけている。

同社の代表を務める西立野玲さんは、総合広告代理店を退職後、まずデザイン・ウェブ制作を行う有限会社じきを2001年に設立した。当時はデザイン会社といえばデザイナーが社長を兼任することが一般的だったなかで、磁では社長である西立野さんが営業を行い、制作は雇用したデザイナーが行っていた。その経営スタイルは宮崎では磁が初めてであり、当時としては画期的だった。

その10年後である2011年に、まったくの異業種であった株式会社器を設立し、代表に就任した。広告業界から食品製造業界へと幅を広げた。


(株)器・(有)磁の代表を務める西立野玲さん

冒頭の言葉の通り「誰もやってこなかったことをやる」そのスタイルはどのように培われてきたのか。

「父親が厳しい人で10代のころは『自立しなさい』とよくいわれていましたね。自分なりに自立を定義すると、働いて自分の世話は自分でできるようになること。それもあり、高校時代は早朝から新聞配達をしたり自分で学費を稼いでいました」

早くから働く環境に身を置いていたことで、社会に対する自分の甘えに気づき、ビジネスの基本を学んだという。かねてからテレビの裏方の仕事に興味を持っていたため、高校を卒業後は県外の放送学科のある大学へ進学。ここでも学費や生活費を自分で稼いでいた。たとえば早朝5時から鮮魚店で働き、10時になると大学へ。授業が終わったあとは深夜の2時までアルバイトをするなど「日々フルパワーだった」という。

「学生時代の経験が今につながっている実感はあります。あのときは、いわば社会に出るまで訓練の期間でしたね。寝る間も惜しんで働いて、勉強して。そうしたら結果が出ることがわかってきて。その後起業すること、事業を進めていくためのパワーが蓄えられました。自分ならできるぞっていう。ビジネスの基本は自立することですよ。自立するから大事なことにも気づきます」

真の営業マンとはどんなものでも売れる人


大学を卒業後に就職した広告代理店ではプロデュース業務に従事。タレントや印刷物の手配など広告や販促に関わるすべての業務に携わっていた。そこで培った経験を元に、有限会社じきを創業後は自身は営業を担い、顧客獲得に奮闘する。

「当時は印刷屋さんはいるけれどデザイン屋さんはあまりいない状況だったんです。しかもデザイン屋さんは『オーナー = デザイナー』であることがほとんど。前職の経験や勘もあり、自分は営業ができるのでお客さんを開拓していける強みがありました」

当初は実績がないところからのスタートだったが、それでも自社に仕事を発注してもらわなければ売上は見込めない。

「これまでいろんな仕事に携わってきた持論ですが、真の営業マンはどんな商品やサービスであっても売れる人。何も顧客のない状態で、自社の商品を売ることのできる人だと思います」

最初期に加わった仲間たちとともに着実に仕事を受注するようになった。そのときに加わったメンバーたちは今では20年来のベテラン。長年、同社と社長を支えている。

ウェブやDTPのほか映像や看板サインなども手がけ、イラストによるキャラクター制作も得意としている

そして2011年2月、磁の設立から10年のこの年に株式会社器を創業する。

継続は力なり


もともと、独立したときに会社を3社つくりたいと考えていたという。それも10年おきに。会社の名前も漢字一文字にこだわった。

「あの当時は〇〇コーポレーションとか横文字が流行っていたけれど、それだと覚えてもらえないんです。英語や横文字を使いたい気持ちはわかりますが、違和感を持っていまして。すぐに覚えてもらえるための社名がいいなと思ったので『じき』や『うつわ』など漢字一文字で気に入ったものをある程度決めていました。『磁』はデザイン会社としてつくったけれど、『器』の字から受けるイメージは食品だなと。それで今の形になったわけです」

そうして株式会社器は、宮崎県産の魚や農産物を活用した食品加工の会社として宮崎中央卸売市場内の小さなスペースからはじまった。2015年には、惣菜缶詰製造やレトルト製品の加工ラインを整備した工場建設に伴い、現在の場所へ移転した。

HACCP(JFS-B規格)定期監査の様子。工場の衛生管理を徹底している

「惣菜缶詰製造をはじめるときはすっごく大変でしたよ。宮崎で初ですもの。先輩になる人が周りにいないんです。最初なんて、てんやわんやしていましたよ」

しかし、大きなリスクをとったことは長期でみれば会社に強みやユニークさをもたらした。

宮崎海洋高等学校と共同開発したシイラを使った「宮崎マヒマヒフレーク」や宮崎獲れの養殖ブリと切り干し大根を使った「切干ぶり大根」は、それぞれ「農林水産省 食料産業局長賞」、「第26回全国水産・海洋高等学校生徒研究会発表大会 優秀賞・奨励賞」を受賞。さらに、国内獲れのシイラとエソを練り合わせた魚肉麺「宮崎魚うどん」によるギフトセットは「第60回全国推奨観光土産品審査会 特別審査優秀賞」を受賞するなど、全国的にも評価の高い商品が続々と誕生し、雑誌やテレビなど各メディアにも取り上げられている。


魚うどんの優しい味は子どもにも人気。添加物もいっさい使っていない

また、賛同企業に缶ケースを保管してもらい、災害時には支援物資として活用する「備蓄缶プロジェクト宮崎」など、商品から派生したプロジェクトもある。

海洋高校の生徒は実習として開発から催事販売まで一貫して関わっている

「何事も長期プランでジワーっといくのがいいんです。焦る必要はない。ビジネスをやってて思いますが『継続は力なり』です。会社って起業から3年で多くが倒産していくんですよ。続けるには何が重要か、それは事を成すタイミングと順番。それらを誤ると歯車が合わなくなって転倒してしまう」

コツコツとできること、目の前のことを一生懸命やり、機会をうかがう。続けるモチベーションについて「自分のためじゃなく人のため、従業員や商品を待っている人たちのためにやる」と話す西立野さん。

西立野さんは現在、3社目の構想を練っている。事業内容もだいたい固まってきているようだ。磁や器のそれぞれの強みを生かし、良き相乗効果と循環を生み出すことを狙っている。

次に誕生する会社はどんな名前を持ち、どんなユニークな事業を行うのであろうか。


(取材・執筆|半田 孝輔
(写真提供|株式会社 器
※記事使用写真はお借りしたものを使用しています

【西立野玲】
株式会社器 代表取締役
大学卒業後、サラリーマンを経て2001年に有限会社磁を開業。
2011年には2つ目の会社である株式会社器を開業した。

【株式会社器】
住所:〒880-0833 宮崎県宮崎市昭栄町199-1(本社第1工場)
TEL:0985-86-7600(FAX:0985-86-7676)
HP:https://www.himuka-tamatebako.jp/


この記事が参加している募集

この経験に学べ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?