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ビジネスを加速させる問いの技法~『哲学シンキング』

哲学をビジネスの現場で活かし、いかに考え、いかに創発するか、そのための思考や対話の方法論をまとめた本。著者の会社は、実際に本書の方法をベースにして、大手企業に対してコンサルティングやセミナー等を実施しているとのこと。

著者が哲レコ(哲学レコーディング)と呼ぶ議論の可視化/コンセプトマッピング手法や、本書内で紹介されている問いの基本パターンなどは、とてもよく整理されており分かりやすかったし、十分に実践的で有用なものであると感じた。

以下、かんたんに抜粋しておくと、「問いの基本パターン」は以下。問いの区分、みたいなものは世の中にたくさん溢れているけど、これはとても明瞭で簡潔で、良い切り方に感じる。

・理由や根拠を問う問い方
 「なぜ、〇〇と言えるのか?」「ほんとうに〇〇なのだろうか?」
・本質や前提を問う問い方
 「そもそも〇〇って何?」「〇〇が成り立つ前提や条件は?」
・別の視点や可能性を問う問い方
 「もし〇〇だったらどうなる?」「他にどういう可能性があるか?」
・具体例や反例を問う問い方
 「たとえば?具体例をあげると?」「すべてに言えるだろうか?例外や反例はない?」
・違いや共通点を問う問い方
 「〇〇と△△の違いは?」「〇〇と△△に共通していることは何だろう?」
・論証の正しさを問う問い方
 「その推論には飛躍がないか?」「さっき言っていた〇〇と矛盾していない?」

哲レコは、ざっくり言うと、紙やホワイトボードで思考・議論の道筋を追っていくための記法の体系だが、小難しいものでは全然なく、いろんな問いや命題を簡単な矢印と線でつないだり、括弧でくくったりしながら議論を深めていくというもの。誰でも一瞬で使えるし、煮詰まった議論で使うと効果はとても高いので、万人におすすめできる。

これらの観点を頭に叩き込み、繰り返し実践の中で試行錯誤していけば、ビジネスの上流で「よく問う」ことができるだろう。

世にあるクリティカル・シンキング本の射程よりもやや広く、個人的にお気に入りの『Q思考』とやや近いが、より体系的で読みやすい。

あと、複数人数での議論の設計やファシリテートの仕方についても丁寧に触れられているのは好印象だった。

***

ただ、個人的には実践に際して幾つか留意するポイントがありそうに感じた。

まず、事業経営の現場において、「良い結果」は人、組織、その他経営資源の関数であり、最大の結果を産むために、それぞれの変数間のバランスを取り最適化していく。

そこにおいて、事業の意義や取り扱うテーマそれ自体の概念確定など、本書が説く”上流の問い”から、時間をかけてあるべき姿をピュアに描いて推進フェーズを進められることばかりではないのが実情であろうし、その中での最適な変数セットを探る思考は多く求められる。

さらに言えば、ある意味で、上流で発した「良い問い」から良い打ち手を描き、下流に落としていく方法論は、ウォーターフォール型で単線的な問題解決の仕方であり、それ以前に、問題の奥にあるであろう静的で確実な真理を前提しすぎた問題把握の仕方でもある。

ゆえにそれは、物事の解決のなされ方のある一つの姿にすぎない。現実には、問われる状況、問う主体、問われる対象、また「問う」という行為は相互に交絡している。

「自身の意思決定を正解にしていく」という考え方があるが、特に新規事業領域においては、事前的に把握しうる固定的な正解ではなく、自分たちが決めた”誤った”解を”正しい道筋”でデファクト・スタンダードにできたことで、あとから振り返ったときに実はそれが「正解になっていた」という逆説的な状況はよくある。

自身が直面する事業と状況において、「よく問う」ことを取り囲む諸環境を睨み、これらの技法を出したり引っ込めたりしながら、これらあるべき問い方をも批判的に問う態度が、ここでは必要とされている。

どの技法/思考法もそうやんけ!という話に聞こえるかもしれないが、物事の意義を問う問いは、その汎用性と切れ味の鋭さゆえに、問い処と問い方を間違えるとその力を十分に発揮できないだけでなく、事業の遂行を遅らせる諸刃の剣にもなりうる。

例えば以下のようなポイントは念頭に置きつつ、本書が提示する手法の運用をしていくと、よりそういったデメリットが緩和されるのではないかと思う。
・現実的な時間軸や事業上の各種打ち手の制約条件も、問いの評価軸に加える
・出来上がりの問いや打ち手が、組織の末端構成員にまで伝播/伝達可能なものか否か、も問いの評価軸に加える
・自身の打ち手や外部要因が、あるべき姿や本質と相互作用し、それを変えていくことを念頭に置く
 -不動不変の「意義」や「あるべき」ではなく、自身の事業活動がモノのそうあるあり方自体をも変えていく(そもそも「技術」というものがその類のものである)
 -ゆえに、「答える」が「問う」に先立つ事もあり、その境界は曖昧になっていく・・

また、哲学のビジネスシーンへの活用という観点では、本書はクリティカルシンキング/思考法に留まり過ぎており、ややもったいない感じがしてしまった部分もある。

本書で説かれる方法論の範囲であれば、特段哲学に通暁していなくても問題解決手法の熟練した使い手であれば普通に実行し得るし、他の思考法/問題解決手法と十分に差別化し切れていないのではないかと感じた。

本書があえて「哲学」の名を冠して方法論を提示するならば、もっと哲学の独自性に踏み込めると、とても面白いものになるんじゃないか、と。

例えば、本書の言葉を借りるなら、哲学(史)自体が既に持っている「議論の体系」をもっともっと具体的に参照してビジネス活用できるはずである。たとえば、認識論が現在のメディア学やメディア事業をアップデート可能か、とか、生死にかかる哲学が医療/ヘルスケア事業に影響を与えられないか、とか。スポーツ哲学とか環境哲学とかもあるので、それらテーマ分化された哲学と、対応する産業/事業領域を個別具体的に照応させ、ビジネスとして新たな問いを生み出すといった辺りに上手く論が進めば、非常に有意義な絡み方になるのではないだろうか。

本書の位置づけが、初学者向けに広く思考法や関連セミナーを知らしめるという所にあるのは明白なので、今回そこまで踏み込んでいないのは当然とも思うけれども。

その意味で、わりと認識論の深みに切り込んでる昨今のスペキュラティヴ・デザイン等の議論なんかはこの辺のテーマのど真ん中とも思えるし、本書を読んでさらに興味を持った読者はそのあたりを眺めてみると良さそうに思う。


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