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自分って1人で生まれてきたんじゃないんだよな

って、当たり前だと思うかもしれないが、わたしは今週の水曜日に思った。

朝5時半に、茅ヶ崎で父が発見された。
神奈川県警からの電話であった。

妹が亡くなった時も同じくらいの時間に電話があった。

記憶に残る父への感情は
怖い、他人、不快

育ててもらったという認識もないし…そういえば父の下の名前は結局なんて読むんだろう。
父は何歳なんだろう。

まだ生活能力のない時は、制限のある生活を余儀なくされ、わたしは劣等感にまみれていたなぁ。

だけど。もしかしたら。
わたしのオムツ1回でも変えてくれた事あるかもな。

そうだ!肩車!してもらった事あるんだよな。

怖かったな…でも怖くても降りたいって言ったらダメな気がして言えなかったんだよな…

あ、凧上げもしてくれた!

これは唯一遊んでもらった記憶。
すっごーーーーく空って高いんだ!見えなくなっちゃう!すごい!空、すごい!って初めて思ったんだよな。

父は物心ついた時にはもう、時々顔を忘れた頃に帰ってくる男の人だった。
母や兄を殴り、怒鳴り、とても怖い人だった。
いつもお金のある場所を聞いてきた。
知らないというとすぐにどこかへ行ってしまっていた。
母は頭のアチコチがハゲていて、それを初めて見たとき私と妹は笑った。
そしたら母が泣いてしまった。
私と妹は、何かわからないけど笑ってはいけないんだと思った。2人でまたお絵描きの続きを静かに始めた。



今週の水曜日、父は茅ヶ崎で事故にあっていた。
車で停車中に、トラックに突っ込まれたそうだ。

怪我の程度は分からないが、翌日車を買いに行こうとしていると連絡がきたので、きっと軽傷なのであろう。

来週は父の為に仕事を休む事にした。

わたしは認知症により、わたしを覚えていない父に会いに行く。

会ったらわたしは、わたしを『みどり』と呼ぶ父に
『なーに?あっちゃん』という。

地域包括の方からそう呼ばれたら、そう呼んでくださいと言われた。
父が5歳の頃に生き別れた、大切な妹だそうだ。

煩雑な手続きが必要で、血縁関係でないとできないものが沢山あるらしい。

実家に帰る。
16年ぶり2度目。
…まるで甲子園だな。

わたしはずっと父が嫌いだった。
母が可哀想だった。

今の父はどんな姿なのだろう。

父との思い出がない。本当にない。
外食をしたのも1度しかない。

明日行ったらどこか出かけてみよう。
父は何が好きなのだろうか。
何も知らない。

自宅近くの公園で、私がお弁当を作って一緒に食べてみよう。
そういえば父に私の手作りご飯を食べてもらった事ってないな。

父にちいかわをプレゼントしよう。

分からないけど、きっと『みどり』がくれた、そのなんか小さくてかわいいやつを、父はきっと喜ぶだろう。

明日、少し早起きして沢山ご飯を作って持っていこう。


ただ血が繋がっているというだけで
ただ血が繋がっているというだけなのに

何かしたくなってしまう

私って、1人で生まれてきたのではないんだなぁ…



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