見出し画像

【ショート】奇病コレクター【SSF】

※SSFとはScience Spiritual Fictionの略で作者の私の造語です


やぁ皆さん
ごきげんよう

私はタイトルの通り様々な奇病の症例を収集していたコレクターだ

とは言っても皮膚や臓器のような肉体には興味がなくてね

もっぱら精神病の部類を趣向している
中でも珍しい症例を収集しては、実際に患者と出会い、その様を観察するのを生き甲斐にしてきたんだ

なぜそんな悪趣味なことをしているかって?

飽きたからさ

全てに

財も権力も全てが手のなかにある

実につまらん

所謂普通の贅沢や幸福などというものには
食傷気味になってしまった

漫然とした優雅な生活というものは
側から見ているほど楽しいものではない

満腹の腹にTボーンステーキを突っ込まれても吐き出してしまうだろう?
そういうことだ

つまり私の人生には少々スパイシーなデザートが必要だったわけだ

君にはわかるまい
まぁそれでいい

しかし、奇特な症例とはいえ幾つも何度も見ているとそれなりに飽きてくる
傾向がなんとなくわかってしまうからね
それに固有の症例だけでは、そこにストーリーが生まれないのだ

そう、私はつまるところ、まだこの世に存在しない酷くナンセンスな物語を欲していたのさ

そこで思いついたのが、その物語と物語の鍵になる病そのものを作ってしまえばいいと思ってね

私の財団が設立した研究所で色々な実験をさせてもらったよ

なかでも、とりわけ感慨深かったのは
窃視や盗聴癖のある州内の囚人を全員研究所内の「療養施設」に「収監」する実験だ

彼らは隣同士、独房にも近い部屋に閉じ込められる

さて、どうなったと思う?

興味深いことに彼らはすぐさま「共振」を始めた

誰か1人がそっと壁に耳を当てたと思ったら
反対側から寸分違わぬ位置(少なくとも監視モニターからはそう見えた)に耳を当てる囚人がいる

そうかと思えば早速壁に穴を開けようとする者が現れて、壁を削ろうとするノイズがキレイなハーモニーを奏でる
あまりにも違和感がないものだから、互いに壁を削っているとは思わなかったんだろう
穴が開通した際には互いに目が合ったことに驚き、まるで人形劇かのように後頭部からきれいに観音開きに倒れ込んだのだ

まさか我々の共振共鳴というものが、
このような醜美に現れるとは皮肉なものだな

しかし、やがてこれらの実験にも飽きてしまった
君もハツカネズミが好きだとして毎日毎晩ずっと張り付いてみていたいと思うかね?

人生とは全く満足を通り越してから時が過ぎ去るまでが長いものだ

私が最後に興味を示したのは人間の記憶だ

毎日記憶喪失になる病を知っているかね?
毎朝、昨日までの記憶が抜け落ち、
1日の始まりは壁に貼られた自分らしき名前の確認から始まる
日々、新しい自分との出会いといえば聴こえはいいが、さて、その人がその人たる所以は何かね?

まぁそれはいい

すでに存在する症例には飽きてしまった
私は未だかつて誰も味わったことのない未知の精神領域を創り出すことを決意したよ
これらの実験のフィナーレとしてね

それは記憶喪失とは逆(正確には逆とは言い難いが)のプロセスを施すことだ
つまり人類が今まで集積してきた全てのデータ、所謂知識、記憶の断片、記録の隅々、横串の知恵まで注入させることにした

生まれてくるのは廃材か、あるいは神か…

公募を出した
月面生活のシミュレーション実験という名目だ
健康体で20代から60代の男女それぞれ各世代2名ずつ合計20名
エリートもいればアルバイターもいる

彼らには月面生活で必要な知識や知恵、あるいは感覚の習得を目的とするという口実でチップを脳に組み込ませてもらった
大脳新皮質と松果体の2カ所にだ

コンピュータとの相互連携、シンクロは完璧だった
あの日本の有名なアニメで例えるならばシンクロ率は自信を持って100%だと言えただろう

被験者へのチップの挿入、及びコンピュータとのシンクロ確認が完了し、いよいよ人工アカシックレコードのダウンロードとインストールが開始される瞬間が訪れた

私は思わず呟いていた
「おやすみ、良い旅を」と…

さて、その後どうなったと思う?

どうなったか?

白目を剥いて口から泡を吹くだけの生き物が出来上がったのか?

それとも全てを悟ったような透明な眼を宿した現人神が誕生したのか?

私は固唾を呑んで見守った

1人、2人と目を覚ましてゆく

───…

何もだ

何も

何がだって?

だから何も

何もだ

変わらなかった

実験前と

全く「同じ」だったんだ!

実験に失敗したと思うだろう?そうじゃない!

私は私の見る目のなさに失望したよ

いや、絶望だ!

久々の感覚だった

思わず体に快楽が駆け抜けた

そして全身の力が抜け落ちていった

なにが奇病コレクターだ

私は「何も知らなかった」

「"それ"が何かを」何も知らなかったのだ


この記事が参加している募集

私の作品紹介

SF小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?