見出し画像

雪国の店主

「トトトトトトトン、トトットトン」
朝食の準備ではなさそうだ。
耳をすましてみる、、、「トントントントン」。
「あ、また来たのか」
たまにアオゲラやアカゲラなどのキツツキ科の鳥が朝の目覚めを導いてくれる。

「そろそろ起きよ〜、朝だよ〜」。

まだ起きたくないと思い、布団に潜り込む。
止まない壁をつつく音。
分かったよ、と思い、冷え切った室内に肌着姿で起き上がる。
寝るときは、極力裸に近い状態で寝たいのだ。
これ以上、建物に穴を開けられては困ると思い「ドンドンドン」と壁を叩いて驚かせて羽ばたかせる。申し訳ないと思いつつ勘弁してもらう。というのも、主人公の碧の住む家は築40年ほど。風が強い日は歴代のキツツキさんたちの日常の積み重ねによる無数の穴から空気が入り込み、天井裏に風が舞う日があるのだ。音に敏感な碧はその音で眠れなくなる日がある。

寒いなぁと思いつつ、昨日入りそびれたシャワーを浴びに階下に降りる。
「今日は真っ白だ」
そういえば、朝方から聞こえていた除雪車が走る音を思い出す。夜のうちから深深と降り積もった雪が、一階から見える風景を真っ白に染めていた。

「綺麗だなぁ」

雪の季節は嫌いだ。寒いし、外に出かけたくなるには道のりが怖いし、近隣のお店は閉まってご飯も食べれなくなる。近くの街に出るのも普段は40分で行けるのに、安全運転で進むとこの時期は1時間以上かかる。なんでこんな不便な場所に住んでいるのか、本当に不思議な気分になる。

シャワーを浴び終えて、綺麗な景色を見て実感する。「本当に美しいなぁ」。

雪の白は全てに覆い被さり、真っ白なキャンパスのように眼前に広がる。この時期に普段のまちを見ると、いかに見たくないものが広がっているのかと心の動きで実感するのだ。建物が意図せずして放つ様々な情報が飛び交うまちを一瞬にして雪が覆いかぶさり、景色を一変させる。そこに広がるのはチョコレートに粉糖をかけすぎたような光景だ。食べる場合は粉糖のかけすぎはよくないけど、汚いまちはかけすぎくらいが丁度いいと皮肉を思い浮かべる。

「雪を被せた方が美しくなるものは、日常から排除した方がいいのかも知れないな」。

しばらく考え事をしていたら少し身体が冷えてしまった。碧の家は基本的に雨風はしのげるが、冬の寒さが凌げるのは一部屋しかなく、この時期はその部屋以外はほぼ麗華近くになっている。風呂上がりのあったかさを逃がす前にコーヒーでも入れようと思い、寒い土間でお湯を沸かす。中深煎のコーヒーを細かめにひき、濃いめの目覚めの一杯を用意する。

「あ〜寒っ」

少し身体が冷えてしまった。碧はもう少し雪の季節の要素も名前に入れて欲しかったなぁと思う。碧の名前は、もうこの世にはいない両親が生まれ育った目の前に広がる十和田湖の美しい景色からとった名前だ。読み方は、「あお」「みどり」「たま」などみんな好き勝手に呼んでいる。自分の名前は決して嫌いではない、むしろ好きなんだけど、朝の景色を見て雪も好きだなぁと改めて感じたのである。

「お兄ちゃん、編集者の人から電話だよ〜」

「はいは〜い、今いく〜」

妹のもみじが呼んでいる。もみじはもう起きてたのか。次の取材先は決まったのかなっ、とうきうきしながら電話へ向かう。そう、碧はいろんなまちを歩きつつ、不便ではあるものの、そのまちの本質を感じながら言葉にしていく小説家をやりつつ、生まれ育った景色と何より空気の美味しい十和田湖が好きで住んでいるのである。

(第一話 完)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?