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私たちの「光」を考える

前回の記事にて、「知的障害のある人の強み・可能性」について、「想像するちから」を軸に語ってみた。この気づきのきっかけは、ソニーファウンダーである井深大さんが設立した「社会福祉法人希望の家」に見学に伺うことで生まれた。井深さんが、ご自身の娘さんを思い、1973年、知的障害のある子どもをもつ保護者と協力して設立された施設である。いまからちょうど50年前に遡る。

社会福祉法人希望の家(撮影:阿部潤子)

実際に施設へ伺ってみると、広大な敷地の中に、生活の場から働く場までが揃っていた。かつて知的障害のある人が、十分な教育を受けられず、その存在が軽視されてきた時代の中で、人として尊重され、生きがいをもって過ごせる場を作ろうという井深さんの想いと実践を感じた。そして、その想いの源泉を綴った1つの記念碑に敷地内で出会った。

「多恵子は、私の生涯の十字架であると同時に、私の生涯の光であることを最後に付記して筆をおきたい。」

井深大記念館 記念碑(撮影:阿部潤子)

私の生涯の”光”

娘さんへの愛情の深さを感じることはさることながら、資本主義のど真ん中を生きて来られた井深さんが、障害の有無に関わらず、ひとりの”人”の存在をどのように感じ考えていたのか、人に対する思いの深さに触れたように思う。

資本主義社会の中では、財力や権力のある人、まだ見ぬ未来を描き、形にしていける人たちが”価値”ある人として認知されやすい。知能の高い人、とも言えるかもしれないし、まさに相対的に人を評価して価値を決めていく。しかし、「希望の家」で暮らす人たちの中には、日々の支援がなければ、毎日の生活や働くことが難しい人たちもいる。

昼食の時間に、仲間のところへお弁当を運ぶことは出来る人。
いつも仲間の傍にいて、ニコニコ微笑みかけてくれる人。

必ずしも、資本を増やすための生産活動とはならず、そこからは遠い存在かもしれない。
しかし、その人なりの自己実現や、その人なりの生産活動を大切に、一人ひとりが価値ある存在であることを、井深さんは感じ、その実践を大事にされてきたのだろうと、社会福祉法人希望の家の理事長である黒川氏のお話を伺いながら感じていた。

そんな井深さんの”人”に対する思いの深さに触れ、自分自身を省みている。私はこれまでの実践の中で、目の前にいる一人ひとりの人と、しっかりと向き合えていたのだろうか?

・Aさんは、Bさんよりも作業スピードが遅いから、XXの仕事ではなく、YYの仕事に就いてもらえばいい。
・Aさんの作業量で、最低賃金を支払わなくてはいけないのか….。
・Aさんは、週2日の通所ペースだから、週3日以上通所できる新しい利用者に入ってもらって、事業所の助成金収入を安定させた方が良い。

そんなことをたくさん考えてきた。
この思考を求めるのが、現在の障害者福祉施策であることは間違いないが、私も、知らず知らずのうちに資本主義社会の当たり前の思考に染まって、人と関わっていたのだなと思わざるを得なかった。もちろん、事業経営の観点に立ったら、不可欠な視点ではあるが、”人”とともに働く上で、決して疎かにしてはいけない、”人”に思いを寄せる、大切な自分思考の時間を頂いた。

DE&I推進、多様性の尊重は、イノベーション創出の「種」や、違いの尊重による強みの発揮等、様々なストーリーで語られる。しかし、まずは、目の前にいる一人の人が、価値ある一人の人として、その人のままに輝ける環境を整えていくことにあるのではないだろうか。それが、井深さんの仰る「光」が示す道標であり、資本主義社会の常識にとらわれることなく、原点として大事にしていく”人”との向き合い方であると感じた。

私たちにとっての「光」の存在。

それは、

「今、この人は、一体何を伝えたいのだろう?」

と、私たちの「想像するちから」を、思わず、発揮したくなるような瞬間を与えてくれる人。もしかしたら、知的障害のある人に限るわけでもなく、表面的な会話や、外見からは見えない”何か”を持っている人(組織内のプレッシャーに負けず、秘めたる思いでDE&I推進の先頭に立つ人も含めて)は、すべて、「光」になるのかもしれない。そして、その一人ひとりがそのままに輝ける社会を”ともに”つくることで、より多くの人が「希望」を抱ける豊かな社会が生まれるのではないかと、いま、私は思っている。


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