昼寝

頬が痒い。が、掻いてはいけない。掻いたらせっなくの眠気がどこかへ行ってしまう。今、うつ伏せで昼寝を試みている。今、右膝の虫刺されが痒くなってきた。今、と思うたび今は過ぎ去っていく。パラパラ漫画のように意識が移り変わる。ベランダから無数の蝉が熱心にラブコールをしている。蝉の街コンだ、と思う。静けさや私に染み入る蝉の声。眠気を纏った体の上からさらに蝉の声が全身を包む。次第に騒々しい蝉の声にもだんだん慣れていき、安心感を覚えるようになっていく。時間が早く流れている気がする。次第に頭と体がベッドに沈み込む。今は何時だろう。

気がつくとあたりは静かで部屋には一定の翳りがある。どうやら眠っていたらしい。蝉の声も少なく疎らで、街コンは終わったらしい。先ほどまで私の体に染み入っていた蝉の声は体外へ逃げ霧散し、飛び回る羽虫のように不規則に散らばった。ベッドから起き上がるとベランダから夕方の風が吹いてきた。昼寝をした後は妙に背徳感があって気持ちいい。夜の泥濘のような眠りとは全然違う。意識がはっきりしてくるとキッチンへ向かい水を飲んだ。水分が私に染み入る。昼寝した後は毎回喉が渇く。通常の喉の乾きとは違い、喉の奥までサハラ砂漠になっている。やはり水分補給は大事だなと思っていると、洗っていなかった食器に気づいた。過去の自分は洗わずに放置していたようだ。仕方なく手をつける。

夜になり、蝉の声はギロのように不気味な音を立てている。日射はないがだんだん蒸し暑くなってきた。晩御飯を食べた後、エアコンがつけられた部屋で涼む。程よい倦怠感に包まれ何もしないでいることが素晴らしいと感じる。明日の朝ごはんのことを考えていると羽虫が頭上を旋回していることに気づく。嫌な羽音をたてながらあたりを飛び回り、部屋の色々なものに飛び移っては飛び去っていく。ゴキブリでなくて良かったと思う。夜道を歩いていると時々ゴキブリを見かける。夏の風物詩なのかもしれないが、こっちからしたら迷惑で仕方ない。中でも飛ぶゴキブリは最悪だ。予測不可能な動きに翻弄され、道の真ん中で恥をかく。日中の直射日光を多く吸収したアスファルトの上で蠢く黒い影は不気味で、側溝に出たり入ったりする。暗渠の中はとても生臭く、うら寂しい。湿った地面に全身を擦り付けながら、辺りを注意深く確認する。そんな中で同胞たちと出会えると最高だ。中には酷く気性が荒いやつもいるが、食いものにありつける機会は逃すまい。

ところで、あの日仕事から帰ったときから私には記憶がない。思い出せることは夜道を這うゴキブリだけだ。今日も泥のように眠るとしよう。

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