極端

真山は逃げていた。仕事から、家から、この世に存在するあらゆる事象から逃げていた。2本の足を使い、出来るだけあらゆる物から距離を離していた。木を見かければ木から逃げ、ビルを見かければビルから逃げた。ビルから逃げてもまた別のビルが迫ってくるのでそのビルからも逃げた。
背広を着ていた真山は長い時間走っていた疲労から酷く汗をかいていた。「喉が渇いたな」突然、風に乗った水の塊が顔を覆った。真山はなんとか水を飲み込んだ。「いつもこうだ」

あらゆる物から逃げ続けた真山の周りには何もなかった。気がつくとそこは大きな公園で、緑の広がる広場の真ん中にいた。繁茂した草が真山を取り囲む。真山は一定の間隔で飛び跳ね続けた。「これならセーフなはずだ」そうすると、近くにいた子供たちは不思議そうに真山を見つめ続けた。「見るなっ」真山はすぐさま逃走した。後ろから甲高い子供の声が聞こえてきたが、構わず走り続けた。

真山はスーツを着ていた。綺麗な紺の背広は汗でぐっしょりと濡れていた。暑さと戦いながらアスファルトの上を走った。が、何かに躓いた。一瞬にして真山は倒れた。「最悪だ」真山は深く落胆した。同時に躓いたものが人間だと気づいた。アスファルトに顔をつけ倒れている。真山はなんとか立ち上がり、その場で飛び跳ね続けた。
「俺も最悪だよ」倒れている男が呟いた。「せっかく寝そべってたのに、邪魔しやがって」「どうしてこんなとこで寝ているんだ」真山は素直な疑問をぶつけた。「あぁ……謝罪もなしかよ。どうしても何も俺はずっとこうだからな」真山は謝罪からも逃げた。男はうつ伏せから仰向けになった。服装は白のTシャツとジーンズだ。「意味がわからない」「意味なんて最初からないさ。俺はずっと地面に寝そべってるんだ。仕事もしたくない。家にもいたくない。つまり、何もしたくないんだ。誰にも干渉されたくない。」「それはなんだかわかる気がするよ」真山は突然出会った男に何故か不信感を覚えなかった。言っていることが真山が感じていることと同じだったからだ。「俺も同じだよ。何もかもしたくない。」
「それはいいけどよ。ずっと飛び跳ねてるのは何なんだ」アスファルトと革靴が擦れる音が辺りを満たしていた。「逃げてるんだ」「何から」「全てからだ」「意味がわからんが、わかる気がするな」「どういうことだ」「お前も俺と一緒なんだよ」何故だかこの男からは逃げたいと思わなかった。アスファルトからは依然逃げ続けているというのに。「ここにずっといるのか」真山は飛び跳ねながら聞いた。「ああ。お前が走ってくる前からずっとな。昼も夜も関係ない。俺はずっとここにいる。最初は飢え死んじまうと思ったが、ここを通る連中が食べ物を置いていくからなんとか生きてるな。お前は食べ物どうしてるんだ」
「風に乗って勝手に口に入る」
「何だそれ。非現実的だな。というかさっきから思ってたが、飛び跳ねてるのは逃げてるとは言えないだろ」男は手を後ろに組んで寝そべっていた。
「体が勝手にそうなるんだ。俺じゃない。俺がやったことじゃない」真山は飛び跳ね続けていた。
「俺もそうだな、俺がやったことじゃない。どうして俺は寝そべっているんだ。今こうして寝そべっているのは自分自身だというのにわからない」

二人は互いに知っていることを喋りあった。しかし、分かったのは男の名前が藤堂ということとお互いにあることを継続していることだけだった。二人は現状に満足していなかった。しかし、二人には意思がなかった。逃げることや寝そべること以外の意思がなかった。話し合ったあと二人は別れたが、依然として真山は逃げ続け、藤堂は寝そべり続けた。この世界に出口はなかった。

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