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映画「来る」のレビュー。これはもはやホラー映画ではない

この映画を「ホラー」と一言でまとめるのは、あまりに失礼だ。豊かなエンタメ性と、大胆な実験感覚が同居する、中島監督らしい作品だった。

国と味は違えどもティム・バートン監督の作品に通ずる「異物感」に終始追われる。観客はときおり自分がなにを観ているのか、どんな感情に居るのか、分からなくなる。東宝さま、よく今作を正月映画の目玉に持ってきてくれた。

ホラー小説大賞、受賞作品が原作

原作は澤村伊智さんの「ぼぎわんが、来る」。ぼぎわん なる化け物が、腹黒いやつを次々にしばいてゆく。霊物もののホラーと思いきや意外とそうでもない。むしろ人間の怖さを感じる。オモテのつらは綺麗でも、ウラでは赤黒くて汚いことばかりしている。そんなヤツをぼぎわんがバッタバッタと殺してゆく。

キャストの演技力に脱帽

オカルトライター役・岡田准一をはじめ、イクメンならぬクズメンの妻夫木聡、その妻を演じた黒木華、霊媒師の小松菜奈、その姉役の松たか子、民俗学者役には青木崇高など、そうそうたるキャストがそろった。中島組の常連が多く、皆さんの振り切った演技には脱帽だ。グイグイ引き込まれる。気づけばストーリーに没入していた。

なかでも個人的に驚いたのは、人気霊媒師を演じた柴田理恵の神がかった芝居である。こんなにすさまじい女優だったのか。具体的なシーンは伏せるが、私は彼女のセリフで泣けてしまった。ホラーを観にきて、感動で泣くなど、想像もしていなかった。ぼぎわんを倒そうとする勇ましさ、地縛霊を彼の世に還すあたたかさ。どちらの顔も魅力に溢れていて、その鬼気に泣けたのである。作品中でイチバンの化け物は、もしかすると柴田理恵だったのかもしれない。

ユーモアとホラーについて

さて「来る」は果たしてホラーなのか、いやコメディなのかもしれない。映画館の中央後方に腰掛けて、そんなことを考えていた。

humorとhorrorは、語源が同じだという説がある。ベートーヴェンの「テレーゼのために」が「エリーゼのために」になってしまったように、字が汚すぎて意味が分かれたのではないか。それほどまでにhumorとhorrorは酷似している。

たとえば映画「リング」の「貞子がテレビから出てくる場面」を思い出してほしい。不気味なシーンだが、BGMがドリフの「いい湯だな」だったらどうだろう。"ババンババンバンバン♪"なんていかりやの陽気な声がそこそこの音量で鳴っていたら、ちょっと笑えてくる。おどるポンポコリンでもよい。ピーヒャラピーヒャラ! パッパパラパ♪ 貞子の這いずりも、踊るように見えてくるのではないか。

反対にまる子や友蔵があらゆる動物と手をつないで笑顔で踊るシーンも、BGMが「着信アリ」の不気味なテーマ曲や「世にも奇妙な物語」の不協和音が流れれば、やはり不気味に見えてくる。「異常な状況」は雰囲気ひとつでホラーにもユーモアにもなるのである。

「来る」は、ある種のコメディだと感じた。事実、私は映画館で何度も笑ったのだ。これから1つだけ具体的なシーンを挙げる。観ていない方はぜひともアプリを閉じてほしい。

序盤、ヒデキの実家にカナが訪れた場面だ。酒に酔い、居間で横になったヒデキは、少年時代の嫌な夢を見る。起きると肉親たちが麻雀に興じており、妻のカナだけがいない。縁側まで探しにゆくと、カナは庭でタバコを吸っていた。「眠れないの」と不安そうに言う彼女は、結婚生活に不安を覚えている。雨上がりの外は真夜中で、静寂に包まれていた。ちなみに直前のシーンでは、そこに認知症の祖母がおり、焦点の合わない目で孫を観ながら「ヒデキサン? ヒデキサン。ヒデキサン」と笑っていた。その記憶が不気味さを助長する。ヒデキとカナは濃厚なキスをする。ムードは暗いままで、不穏な空気が漂う。そこで静寂をかき消すのが、木村カエラの「butterfly」。テンテンテレレンテンテン♪ とイントロが流れた瞬間、思わず私は笑ってしまった。緊張と緩和とでもいうのか。その後、結婚式のシーンに移るのでBGMとしては最適なのだが、カットが変わってから流すのが相場だろう。シリアスなシーンでの、唐突なbutterfly。これはもう確実にボケている。このように今作では何度も笑えるシーンが訪れる。

ホラー映画はやはりムードが鍵なのだが、中島監督は大胆にその定石を壊していた。この映画は、どう考えてもホラーではない。終始にわたって明るいエンタメ性を感じるし、コメディでもある。

「賛否両論」だからこその良さ

映画館を出て家に着いてから、レビューのコメントを読んでいた。いやはや賛否両論だ。くっきりと分かれている。

その理由はズバリ「攻めの姿勢」にある。事前の広告では「ホラー映画」と謳われており、スリルを求めたお客からすれば、いささかイメージと違ったのではないか。だってホラーじゃないんだもの。「来る」は、もっと実験的で挑戦的な作品だ。否定したくなる気持ちも重々わかる。

個人的には、とてもたのしめた。エンタメ力とハイブローな笑い、カット割りのオリジナリティ、芝居のかっこよさ。どれもが楽しくて134分があっという間に過ぎていった。1つの映画で背筋が凍り、声を出して笑い、肩を震わせて泣いたのは、はじめてだ。感受性を揺さぶってくれる作品だった。作り手のたのしそうな空気が伝わる。これは個人的な意見だけれど、現場の光景が頭に浮かぶ映画に、ハズレはない。

その辺に転がっている作品ではないので、観にいくことをおすすめする。そしてあらためて正月の目玉に「来る」を選んだ。東宝さまに感謝したい。

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