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アイデアを生み出すのがこんなに難しいなんて知らなかった。

今回のnoteは、アイデアを取り上げます。特に、21世紀のアイデアの形とも言えるナッジを紹介します。

世界中でナッジが注目されていますが、「さて、どうやってナッジを作れば良いの?」に対する返答は無いように思います。

今回はナッジについて簡単に説明した後に、どうやってアイデアを作るのかについてお話をします。


選択肢を提示し、正しい行動を促す「ナッジ」

2017年、行動経済学に関する長年の功績によりノーベル経済学賞を授与されたリチャード・セイラー氏は「ナッジ理論」研究の第一人者として知られています。

「ナッジ」とは、選択行動を利用した戦略を意味します。

要は、本来なら何も無いところに選択肢を提示して、どちらかを(そして出来れば好ましい方を)選ぶように仕掛ける仕組みをナッジと呼びます。

例えば、立ち小便が後を絶たない場所に、「神社」のマークを記しておくだけで「あれっ?ここで小便とかするとバチ当たる?」と思わせて、そうした行動を防ぎます。

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例えば、違法駐輪が後を立たない場所に、「ここは自転車捨て場です。ご自由に持ち帰ってください」というポスターを貼るだけで「あれっ?ここに留めておいたらなんかヤバい?」と思わせて、そうした行動を防ぎます。

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どちらも、小便する、違法駐輪するという選択肢があったものの、そうした選択肢を取らせなかったという意味においては「ナッジ」だと言えます。

ちなみに「ナッジ(nudge)」とは、「ヒジで軽く小突く」という意味があります。「もしもし?」「ちょっと!」と声を掛け、相手に行動を促すようなニュアンスが込められています。

なぜ、ナッジが注目を集めるのか。学術的な研究対象となるのか。それは普段からバイアスに塗れて合理性に欠ける選択をよく取ってしまう私たちが、なるべく正しいと思える行動を取れる可能性があるためです。

ちなみに、普段からどれくらいバイスに塗れているのか、それは以前に以下のnoteでも書いた通りです。

ただ、バイアスについて、理解されているようでなかなか浸透しません。

以前、「データサイエンティストが身につけているデータリテラシー」というお題でインタビューを受けた時に「一般人が日常生活でデータリテラシーを常に発揮し続けるためには、どんな訓練が必要ですか?」と質問を受けました。

「短期では無理です。脳が悲鳴をあげます。10年とか15年の長期的な訓練を受けたら可能性があります」と答えたら、ものすごくガッカリされました。

別にデータリテラシー自体は特殊技能ではありません。ただ、日常生活で発揮し続けることが難しいと思うのです。なぜなら、ダニエル・カーネマンの記した「ファスト&スロー」によれば、スロー状態の人間の計算能力なんて見るも悲惨な状態だからです。以下、抜粋します。

バットとボールは合わせて1ドル10セントです。
バットはボールより1ドル高いです。
ではボールはいくらでしょう?

この話は有名ですね。この手の計算の話は、まさにデータリテラシーの初歩のホだと思います。

皆さんは、いくらだと思いますか?


…。


……。


正解を抜粋します。

きっとあなたの頭の中に数字が閃いたことだろう。もちろんそれは、10、つまり10セントだ。この簡単な問題の特徴は、すぐに答が思い浮かぶこと、そしてその答は、直感的で説得力があり…そしてまちがっていることである。検算してみれば、すぐにまちがっていると気づく。なぜなら、ボールが10セントなら、1ドル高いバッドは1ドル10セントになり、合計で1ドル20セントになってしまうからだ。正解は5セントである。初めから正解を答えた人も、直感的な10セントという数字が思い浮かんだと考えてまちがいない。この人たちは、直感に何とか抵抗できただけである。

ちなみに私もパッと「ボールは10セント!」と閃いて、そのまま言っちゃいました。不正解です。何がデータサイエンティストだ。直感って、大事だけど恐ろしいですね。これもバイアスの1つです。

驚くべきは、本書によると「ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学、プリンストン大学の学生のなんと50%以上が間違った答を出した」そうです。頭良さそうなのに…。

衝動的で直感的なシステム1(ファスト)と、論理的思考能力を備えたシステム2(スロー)。システム2を使いたがる人もいれば、システム1寄りの人もいます。(前者は数%じゃないかと私は思うのですが…)

したがって、システム1寄りな人にとって「日常からデータリテラシーを持つ=システム2を起動させる」なんて、苦痛でしかない。私自身も仕事中はシステム2ですが、日常生活は完全にシステム1です。占いという非合理性を愛し、気分によって帰る道を変え、健康に良くないと分かっていながらジャンクフードを頬張ります。

言い換えれば、システム1寄りな人であってもシステム2を起動させずに正しいと思える行動を取れれば、こんなに素晴らしいことはありません。

これこそがナッジの素晴らしい点だと私は思います。


世界における「ナッジ」具体例

ナッジが特に注目を集めているのは、公共政策です。特に政治家から熱い注目を集めています。

なぜなら、命令という強制を用いて人を動かさず、自らの意思で人が動いてくれるからです。罰則や税金を用いた命令は反感を買うだけで、政府は信頼を、政治家は票を失うだけです。

言い換えれば、アプローチを変えれば見違えるように成果を上げる魔法のように扱われていると言えなくもないですね。

世界各国で行動経済学に基づく実験的手法が研究・実験され、その成果が発表されています。特にOECDにおいては、その成果を束ね「Behavioural Insights and Public Policy」という報告書に仕上げています。

日本からは明石書店から「世界の行動インサイト 公共ナッジが導く政策実践」と題して販売されています。

ちなみに、日本では環境省が主導して日本版ナッジユニットを結成し、行商的活動に取り組んでいます。なんで環境省? と思ったかもしれません。正解は「クールビズ」です。環境省は「クールビズ」と題して、ノーネクタイという選択肢を提示し、室温を少しだけ上げる事で地球環境に貢献することに成功しました。

では、本書の中でも取り上げられている代表的なナッジ事例を紹介します。

1件目は英国における「納税が遅れている自己申告納税者で納税する者の割合を引き上げるナッジを考えた事例」です。

【問題】納税予定者の納税遅延が原因で、英国政府は毎年多額の税収を失っている。納期限通りに納付しない2つの主な理由は、現金の不足と単なる先送りであるようだ。英国では、納付が遅れている納税者に対して、納税義務を思い出させるために英国歳入関税局が手紙を送付する。

英国内閣府と国立科学技術芸術国家基金が共同所有する社会目的企業であるBIT (Behavioural Insights Team)は、英国歳入関税局と協力してランダム化比較実験を行いました。課税所得を申告したがまだ納税していない20万人に対して、5種類の督促状を用意したのです。

督促状には様々なレベルで具体的に表現した社会規範、または公益に触れるナッジのどちらかを取り入れました。

それは、以下のような文言です。

①10人中9人が納期限通りに納付しています。
…納付率は1.3%引き上げに成功。

英国では10人中9人が納期限通りに納付しています。
…納付率は2.1%引き上げに成功。

③英国では10人中9人が納期限通りに納付しています。あなたは現在、まだ納税していないごく少数派に属しています。
…納付率は5.1%引き上げに成功。

④納められた税金によって、私たち全国民は国民保健サービスや道路、学校といった不可欠な公共サービスを利用できます。
…納付率は1.6%引き上げに成功。

⑤税金が納められないと、私たち全国民は国民保健サービスや道路、学校といった不可欠な公共サービスを利用できなくなります。
…納付率は1.6%引き上げに成功。

この実験によって、実験を行わなかった場合よりも900万ポンド(約12〜13億)多く徴収できたと推定されています。

③がもっとも納付率が高かったというのが面白いですよね。言い方を少し変えてナッジするだけで、こんなにも人は行動を変えるんです。

2件目はイスラエルにおける「容器サイズの縮小に対する消費者保護のためのナッジを考えた事例」です。

【問題】2000年代初頭以降、世界中の企業が価格を維持したまま商品の中身の量を減らし、事実上の値上げを行っている。しかも、変更による影響を故意に消費者から隠していることが判明した。例えばボトルの場合、企業は底の形状やボトルの構造を変えることで中身のスペースを小さくして、量を減らしている。研究によって、消費者は購買決定を行う際、商品の価格については検討するが、重量は一定だと考えるため、商品の重量について検討することは滅多にないという情報ギャップが存在することがわかった。

人間の注意力の限界を逆手に取った悪質とも言える手法は、消費者保護の観点からガイドラインというナッジによって規制されるべきでしょうか。

そもそも1972年に、ハーバート・サイモンは「人間は認知的限界(時間、記憶など)が原因で、必ずしも自身の効用を最大化する最良の選択肢を選択できるわけではない」「人は認知的限界の範囲内で、合理的選択の規則に従って行動する」という限定合理性を提唱しました。

一方、1979年に、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーは「実際の意思決定は著しく一貫して経済理論から外れるのは、人間の意思決定の根本にある心理学的プロセスが持つ性質の結果である」「人間が利用するのがヒューリスティクスであり、より速くより効率的に情報を受け取り、処理し、抽出することを可能にするある種の心理的ショートカットである。こうしたショートカットが認知のバイアスと誤りを生むため、非合理的で最適とはいえない決定につながる」と提唱しました。(これがプロスペクト理論に繋がり、行動経済学を発展させていきます)

ちなみに、この辺の経緯はマネーボールでお馴染みのマイケル・ルイスの著書に詳しいです。

消費者保護の観点で規制すべきか悩んだイスラエル消費者保護公正取引局経済部は、①量の減少に対する反応と比較した場合の値上げに対する合理的消費者の反応、②単位価格の計算が消費者の認識に与える影響、③商品重量に対する消費者の認識、④アイスクリーム容器の場合の量と価格の変更に対する消費者の感応性、この4つの具体的な実証研究レビューを行いました。

その結果、消費者は商品に単位価格が表示されている場合でも商品重量を意識しない(量の変更より価格の変更に消費者は敏感だった)、経済的損失を評価できないことがわかりました。

こうした理論をもとに、イスラエル消費者保護公正取引局は複数のガイドラインを策定し、容器サイズの縮小は誤解を招く行為で、縮小する場合は容器に必ず明記することを企業に命じました。それが消費者に賢い選択を促すナッジとなるからです。


ナッジ(アイデア)の作り方は簡単か?

ナッジのすごさは分かった、ではどうすればアイデアが出せるのか。頭を抱えている人は多いでしょう。実際にそいういう人が多いからこそ、OECDが1冊のレポートを纏めているのです。

そもそも私はアイデアマンじゃない、と考えている人が多いのかもしれません。スティーブ・ジョブズやエジソン、日本だと小林一三のようなアイデアマンなんて私には無理!思いつかない!見つけられない!というリアクションが想像できます。

しかし、アイデアはある種のプロセスに則って、いわば型にはめて作れると主張するのがジェームス・W・ヤングであり、彼の記した古典的名著「アイデアのつくり方」です。

ヤングはアイデアとは「既存の要素の新しい組み合わせ」「新しい組み合わせを作り出す才能は事物の関連性を見つけ出す才能によって高められる」と主張します。そしてアイデアの作成は「フォードの車が製造される方法と全く同じ一定の明確な方法に従う」と定義します。

すなわち、突拍子もないアイデアも冷静になって考えてみれば何かと何かの組み合わせで、アイデアとは閃きで見つかるものではなく組み合わせで作れると言います。肝心なのは、関連性から組み合わせを見つけ出す才能のようです。

例えば、JINSのPC用メガネ。「メガネが不要な人に、メガネが必要な理由を見つけた」と絶賛されています。確かにすごいアイデアです。でも、PC向けに眼精疲労対策としてライトをカットする液晶保護プロテクターはありましたし、ヤングの言うように既存の要素の新しい組み合わせではあります。

「PCのモニターに付けるんじゃなく、メガネに付けるとは!」

という、してやられた感はありますよね。

先ほど紹介した英国のナッジにしても同様です。文面も全く新しいわけではありません。しかし「あなたは現在、まだ納税していないごく少数派に属しています」という一文が、受け手の羞恥心を掻き立て、やらなきゃという気持ちにさせたわけです。

ヤングは、どのようなプロセスでアイデアを作れると言ったのでしょうか。以下のようなプロセスです。

①資料を収集する。

②資料を読み込む。関係性を見出す。

③いったん忘れる。

④常に考えている。(と、その到来を最も期待していない時、現れる)

⑤アイデアを孵化させる。

要は「大量に食え、咀嚼しろ、養分を吸収しろ、さすればウンウン唸っていればポンと出る」という若干の根性論を含む方法論です。ところが、この方法で実際にアイデアが生まれるのだから不思議です。

重要なのは①資料を収集するプロセスです。ヤングは次のように語ります。

一般的資料を収集するのが大切であるというわけは、私が先にいった原理つまりアイデアとは要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもないという原理がここへ入り込んでくるからである。広告のアイデアは、製品と消費者に関する特殊知識と、人生とこの世の種々様々な出来事についての一般的知識との新しい組み合わせから生まれてくるものなのである。

あっ、これって「既存価値年表」と「新奇事象」の組み合わせでオポチュニティを生み出す事を言ってんじゃん…と思った人は、インサイトシリーズのnoteのファンですね。ありがとうございます。改めてその時のnoteを貼り付けておきます。

なぜ親が「新聞を読みなさい」「本を読みなさい」と言っていたのか。それは、製品と消費者に関する特殊知識を組み合わせればアイデアが生まれるからですね。

親の言うことはなんでも聞いておくべきでした。


批判的な意味合いとしての「アイデアのつくりかた」

では「アイデアのつくり方」を読めば、誰もが大量生産できるかと問われれば、万人では無いよなぁ…という感想になります。

常に考えても出ない人は出ないし、孵化させようにも軒並みダメにしてしまう人はいます。最後の最後が「その人のセンス」になっている点が、アイデアを生み出す事の難しさを感じずにいられません。

有名なデザイナー、佐藤オオキさんの「問題解決ラボ」にこんな一節があります。

「アイデアはいつ、どのように出すんですか?」と直球で質問されることがよくあります。
そんなときは「まるでトイレで用を足すようにアイデアが出る」ことが理想だと答え、会場をザワつかせています。
「出す」のではなく「出る」カンカク。具体的に「いつ」「どのくらい」出るかまではわからないけど、自然と毎日コンスタントに出ることが大事なのです。

「天才か?」と感じざるを得ないのですが、一方で佐藤さんからすれば、それが普通なのでしょう。何がその差を生んでいるのか、それはこの続きを読めばわかります。

たとえばスーツを着替えるときに、まず上着を脱いでハンガーにかけますよね。その次にズボンをかけようとすると、上着が邪魔していたりします。
また、片方の手に歯ブラシ、もう片方の手に歯磨き粉を持っていると、歯磨き粉のキャップを開け閉めするときに、歯ブラシが邪魔していることに気づきます。
そういった、ほとんどどうでもいいような「違和感」は、「当たり前の行為」や「ありきたりのモノ」の周囲に何食わぬ顔をして居座っていることが多く、日々「気づきつづける」ことが、アイデアが出やすい体質にしてくれているようです。

目の前の「当たり前」を「当たり前」と思わない。なぜ、そんなことができるのでしょうか。

おそらく常に佐藤さんの頭の中に特殊知識と一般的知識がインプットされ、その他の関係しそうな事柄と照らし合わせて「これって、みんな当たり前のように感じているけど、見方を変えたら不便だよな〜」と気付けているからでしょう。

それはさすがに偏差値が高過ぎるテクニックと言えます。

そこで、アイデアが生まれるのを待つのではなく、既にアイデアの種として仕上がっているインサイトの出番ではないでしょうか。

インサイトとは、"人を動かす隠れた心理"を意味しています。「動かす」要素が入っているので、ナッジのように人を小突いて動かせられます。

加えて「新奇な行動から読み取った価値を実際にやっている人に、WEBリサーチを通じて"なぜやっているのか?"と聞き、そこで得られた理由から導き出された既存ブランド・カテゴリへの不満」が含まれるインサイトには、ヤングが言うところの①〜④手前まで仕上がっています。

あとは、その不満に対して「こういう解決策はどう?」と提案し、アイデアに孵化する作業のみです。

次回は実際にインサイトに基づくアイデアの出し方を共有したいと思います。


最後にお知らせ

今回の話を、もりもり盛りだくさん詰め込んだ書籍が光文社新書から刊行されました。こちらもご笑覧頂ければ幸いです。

以上、お手数ですがよろしくお願いいたします。


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