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21歳のわたしが先輩からもらった宝物

システム屋さんの2年生だった時、2ヶ月ほど仕事で、とある大手企業のシステム部門の新人研修にサブ講師として携わったことがあります。

当時2年生だったわたしに、当時の先輩が教えてくれたことは、その後の私の人生の中の、大きなテーマというか、大切な拠り所として根付くことになります。

湖晴ちゃん、この仕事するとな、先生、先生言われてすごい気持ちよくなるねん。
自分が偉くなったような気がするけど、そんなことないからな。

本当に、何かの折に、ちょっとした雑談の中で出た話だったと思います。
けれどその言葉は、10年以上経ったいまでも私の胸の中にあります。

初めての後輩ができたときも、
部下ができたときも、
採用担当として人事を努めていたときも、
新入社員研修を主導するようになったときも。

若手の教育に携わる時、わたしはいつでも恐怖に近い感情を覚えました。
彼らの人生の方向性を、考え方を、仕事に対する向き合い方を、わたしが決めてしまうかもしれないということ。
それは酷く重いものでした。

もちろん、他者の人生を背負った気でいるなんて
烏滸がましい。という意見も理解できますし、実際烏滸がましいと思います。

それでも自分自身、若く何も知らなかった頃、
このひとの下についていなかったら今の自分にはなっていなかっただろうとと思うタイミングがたくさんあります。

仕事に対する考え方、
論理的な思考、
組織としての利益を追いかけるのか、
それとも彼、彼女らの人生にとっての、幸福を追いかけるのか。

ひとに何かを教え、導くということは
常に苦悩の時間でもありました。
それは辛く、時に孤独な道のりではありましたが、彼ら、彼女らがわたしに教えてくれたこともたくさんあります。

わたしはおそらく今後の人生で、子どもを授かることはないでしょう。
母が昔言っていた、子供はたくさんのことを教えてくれた。
それを体験することは無いでしょう。

それでも、程度や方向性の差はあれど
その欠片を彼ら、彼女らはわたしに与えてくれました。
それはわたしのこころのなかで、時折かがやいてはわたしを向かうべき場所に導いてくれます。

だからこそ、誰かを指導する職種や
立場にいるひとを見る目は、少し鋭利かもしれません。

日々の生活の中で、様々な指導者と出会います。
その人達を観察することは私の趣味と実益を兼ねた生活の一部になっています。
そして、時折先輩の言葉を思い出します。

先輩と連絡をとることはもしかしたらこの先ないかもしれないけど、もしも、もう一度会えたなら、
あの日のことを、かけてくれた言葉を
いまでも大切に宝箱に入れてあります。
って、伝えたい。

#人事の仕事
#採用の仕事

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